抜け出すことのできなった「日本人」であること【海外インターン体験記】【モンゴル】【連載1】慶應義塾大学 安藤日向子

こんにちは!

モンゴルのIT会社、Unimedia Solutions LLCにて、モンゴル(ウランバートル市)のグルメ業界について、市場調査しています!

慶應義塾大学1年の安藤日向子です。

 

私が配属されたプロジェクトの目的は、モンゴルでグルメサイトを作ること。

日本では、食べログ、Retty、note、tumblrなどなど多くのサービスがSNS化している、と言うのが最近の発見です。

WEB上での人間関係の構築、新たな繋がりを現代の人々は求めている。

そのように感じます。

 

だけど、今回私が伝えたいことは、観光客の私が見るモンゴルの姿、その国に生きる人々が見るモンゴルの姿、双方に存在する大きな「ギャップ」についてです。

ウランバートル市から少し離れると、そこには自然と草原が広がっている。

思うままに生きられる国、モンゴル。

モンゴルでは、友達との待ち合わせなんて、決して予定通りに集まれない。

イベントなんて、決して予定通り開催されない。

路上では車が自由に走り回り、それぞれ自分のことを主張します。

躊躇なくクラクションを鳴らし、自由に道を運転しています。

思うままに振舞っている。そして、それが許されている。

「自由。」

3週間モンゴルで過ごし、強く、そう思いました。

とても居心地の良い国。そう感じていました。

モンゴルの都市、ウランバートル市には高層ビルが立ち並び、郊外と比べかなり発展している。

 

「こんなの自由なんて言えない。」友達に聞いた真逆の主張。

「自由。」私はそう感じました。

しかし、モンゴルに住んでいる人、皆がそう思っているわけではありません。

「こんなの自由なんて言えない。」

友達は、強く、そう主張しました。

 

私が今いるウランバートル市は、ビルがたくさん立ち並び、栄えている町です。その一方で、モンゴルの田舎の方には、遊牧民として、ゲルに住み、家畜を育てて生きている人たちもいます。しかし、マイナス30度以下という寒い冬の中、その多くの家畜は亡くなってしまいます。だから、秋の内に、亡くなる前に売り、お金にしなければならないのです。

暑い夏、極度に寒い夏。「温暖化のせいかもしれない。」友達は、そう言っていました。過酷の天候の中、遊牧民として暮らすことは決して楽ではありません。多くの人々が田舎からウランバートル市に移り込み、現在のウランバートルは予定していた人口の3倍ほどの人々に溢れてしまっています。

田舎から移り混んできた友達は、「田舎の方が断然良い。」そう言います。

慣れるまで、田舎からの人は、信号の見方がわからないし、ゴミはゴミ箱の中に入れなければならないことを知りません。ウランバートルで生まれ、暮らしている人々は、そんな彼らを見て、やむを得ないことはわかっています。だけど、列を抜かされたり、平気で大声で叫ばれたりして、決してそれを快く受け入れているわけではありません。

プラスチックが土に変えらないことを知りません。だから、平気で道端に廃られています。

私は日本人でした。

日本人である私には、「自由」として写ったモンゴルの姿。

しかし、それは、日本人として見ていたからかもしれません。

 

ウランバートルに住む彼らにとって、目の前の問題は彼らにとっては大きな問題。絶対に改善しなければならない事実。

私は他人事になっていたのかもしれません。だから、悪いところも良いところかのように見えてしまっていたのかもしれません。

そして、逆にモンゴルの人々は日本に大きな憧れを持っています。

「マナーがある。」と彼らは言います。

しかし、日本人である私は日本での極度の気遣いがたまに息苦しく感じ、自分がやりたいことを素直に行えないようにも感じます。

 

「同じ国を見ていて、でも、まるで全く違う国にいるみたいだね。」日本にいる友達にそう言われました。立場によって、見たいものが全く違う。見えてくるものも全く違う。

自分の思考が偏ってしまっていたこと、そんなことに「はっ」と、気づかされました。

 

【安藤日向子さんのブログ記事はこちら!】

The JAPANESE Armor / 「日本人」であった | sunsandseeds | note

 

ミャンマーの人って、どんな人?【海外インターン体験記】【ミャンマー】【連載2】慶應義塾大学 大家奈穂

ミンガラーバー(こんにちは)!

ミャンマーの若者たちを啓発すべく、現地の大学などでワークショップを行うインターンシップに参加中の大家奈穂です。

 

ミャンマーに来て2週間がたちました。

ミャンマーの人々の魅力に触れる度に、ミャンマーのことをどんどん好きになっていく毎日です。

今回は、そんな魅力いっぱいのミャンマー人についてお伝えします!

 

底なしに優しいミャンマー人

ミャンマーの最大の魅力は「ミャンマー人の優しさ」にあると言っても過言ではありません。

ミャンマーの人の優しさを感じたエピソードはたくさんありますが、今日はその内の2つのエピソードを取り上げたいと思います。

 

【エピソード① 】バゴーのチャリティースクールを訪ねたら

先週末、ワークショップを開催するため、バゴーというヤンゴンから車で2時間ほど離れた町に行ってきました。

ワークショップを行ったチャリティースクールでは、普段は現地のボランティアの先生方が、自分たちの大学の授業の合間をぬって生徒たちに英語を教えています。

ワークショップ2日目のお昼休み、お昼を食べに外に出ようとすると、そのボランティアの先生方がなんと私たちのためにお昼ご飯を作ってきてくれていたのです!

野菜から鶏肉まで種類も量もたくさん!

中には一皿作るのに3時間以上かかる料理もあるそうで、先生方の優しさとご飯のおいしさに心が温かくなりました。

美味しそうなご飯を前にニコニコが止まらないインターン生たち。

【エピソード② 】激混みバスの中で立っていたら

ワークショップを行った帰り道、日本の通勤ラッシュに負けない混み具合のバスに乗っていた時のことです。

人に押しつぶされながら慣れないミャンマーのバスに1時間以上揺られていた私は、疲れ切っていました。

ヤンゴンの道路の様子。特に朝晩は渋滞が激しく、混雑時には20kmの距離を行くのに車で2時間以上かかることもある。

しばらくすると私が立っていた位置の斜め前の席が空きました。少し座りたい気持ちもありましたが、一緒にバスに乗っていた現地の生徒も立っていたので、そこはグッと我慢。そのまま立っていました。

すると、私の横に立っていた中学生くらいの女の子が、私の肩をトントン、と叩いて、英語で「ここ座っていいよ!」と言ってくれたのです。

激混みバスに慣れているとは言え、女の子も学校の後で疲れ切っているはず。

それにも拘らず、私に席を譲ろうとしてくれた女の子の優しさに、それまでに感じていた疲れは全て吹き飛びました。

小さな小さな気遣いかもしれませんが、それでも外国人の私に話しかけ、席を譲るには相当の勇気が必要だったはずです。

私自身、大学帰りなど、「自分も疲れている」という理由で席が空けば周りを見ることもせず座ってしまいがちです。

忙しい毎日の中で忘れていた「人への気遣い」という大切なことを、このミャンマーの女の子は思い出させてくれました。

 

ミャンマー人の、優しさの理由とは?

ミャンマー人の優しさにあまりにも心を打たれ、その理由が気になり、何人かの人に「何でミャンマー人はこんなに優しいの?」と聞いてみました。

顔を見合わせて照れ笑いをしながら「それがミャンマーの伝統なんだよ!」とのこと。

 

結局、様々なミャンマー人に聞いてみても明確な理由はわかりませんでしたが、この優しさが伝統なんだとしたらなんて良い伝統なんでしょう!

 

笑顔が可愛い!!!

完全に主観になってしまいますが、ミャンマーの人の笑顔が本当に可愛いのです。

街で出会う英語でのコミュニケーションが取れないような人々も、私たちが笑いかけると必ず可愛い笑顔で笑い返してくれます。

私たちが住んでいるアパートの下にいつもいて(おそらく)鍵の管理をしてくれているおじさんも、私たちが出入りする度に可愛い笑顔で ”Good night!” と言ってくれます。(スーパーに出かける時でもおじさんがしてくれる挨拶は ”Good night!” です。)

私たちの住むアパートの下にいるおじさん。笑顔が可愛い!!!

学びに対する真摯な姿勢

ミャンマーでは、メインの活動であるワークショップの開催以外にも、現地の僧院学校での英語教育のお手伝いも行っています。(詳しい活動内容は次の連載でお伝えします!)

ワークショップと僧院学校とでは、教えている内容がだいぶ異なりますが、生徒たちの学びに対する姿勢はどちらも変わりません。

私たちが何かを話す時にこちらを見ていない生徒はほとんどおらず、皆がしっかりと話を聞き、多くの学びを得ようとしている姿勢が伝わってきます。

僧院学校にて、授業を熱心に受ける生徒たち。

終わりに

これ程素敵で魅力的なミャンマーの人々と直接コミュニケーションを取れないことを、本当に残念に感じています。

これからミャンマー語を少しずつ勉強して、できるだけ多くのミャンマー人とコミュニケーションをとり、もっともっとミャンマーの魅力を感じていきたいと思います!

 

次の連載では、私自身のインターンシップ内容とそこで関わっている人たちについて書いて行きたいと思いますので、お楽しみに!

 

 

やってみなけりゃ、何もわからない。【海外インターン体験記】【カンボジア】【連載2】明治大学2年 花本夏貴

こんにちは!

カンボジアで目標達成に関する授業と運動会を実施するインターンシップに参加している花本夏貴です。

インターンも中盤に差し掛かり、現地の学校にて授業をする回数も増えて来ました。カリキュラムや時間の変更など、日々想定外な事態が待ち構えていますが、その度にそれを克服し、みんなで支えあって成長できています。

今回のインターンでは、複数の学校を巡回し、様々な生徒たちに授業を行なっていきます。先日、こっちに来て初めて授業を実施しましたので、そのことについて書かせていただきます。

プノンペンの学校での、初めての授業準備

授業をするために向かったのは、プノンペン市内からトゥクトゥクで15分ほどのPeople Improvement Organization(以下PIO) という、幼稚園から小学生程度の年齢を対象とした学校でした。

授業をする前に、PIOの校長と今回のインターンシップ参加者15人でミーティングを行いました。その中で私は”Language”のグループを担当させてもらうことになり、日本語や日本文化についての授業を行うことにしました。

PIO校長とインターン参加者を交えたミーティングの様子

実際にやって見ることの難しさ

いざ授業当日。1週間近くかけて準備して来た授業を英語で行なったのですが、最初の授業ではなかなかうまく進めることができませんでした。

PIOの生徒は英語の理解度にばらつきがあり、随時プノンペンの委員会のメンバーにクメール語で通訳してもらいながらの授業でした。そのため伝えたいことが伝わっているのかが理解できない部分があったり、全員の生徒に目配りできていなかったり、課題が山積みでした。生徒の中には途中で飽きて来てしまった生徒もいたりなどしました。飽きてしまうということは授業が面白くなかったりするということ。そんな中でもどう修正していくべきなのか悩みながらの授業となりました。

最初にやったひらがなの授業。教えることだけでいっぱいいっぱい。

初日の午後の授業では、その反省点を踏まえながら日本語の挨拶の授業を行いました。これに関しては生徒や先生も巻き込んで一緒に授業を進めることができました。しかしながら、「いただきます」「ごちそうさま」など、カンボジアにない文化に関して説明することが難しく、まだまだ自分自身が授業について考える必要があるなと感じましたし、日本の文化について改めて考える機会にもなりました。

2日目の授業は、初日の反省点を踏まえつつ、自分のやりたいことを試しながら、もう一度日本語の挨拶と、日本の四季についての授業を行いました。その中でもうまくいったものやそこまでうまくいかなかったもの、他人の授業のやり方から真似できるものがたくさんあったので、次に行く学校で実践していくつもりです。

2日目、昨日の反省を生かして再度チャレンジ!

初めて生徒の前に出て感じたのが、当たり前かもしれないけど「何事もやってみないとわからない」ということ。授業にしてもそうだし、日本の文化についてのプレゼンをする際も、いかに自分が日本についてあまり知識がなかったかを痛感しました。まず思い立ったら動いてみる。自分で立てた仮説を検証していいものは残し、ダメなものは捨てていく。短い2日間、4回の授業でしたが学びがたくさんありました。

 

 

【花本夏貴さんの参加したEducation Innovator Programmeの詳細はこちら!】

 

スラムの馬人形作り、アーティ【おかりな、インド人に密着してみたvol.3】【海外インターン体験記】慶應義塾大学 長岡里奈

インドにて5ヶ月間滞在中のおかりなです。

「インド人に密着してみた!」の連載では、「インド人に密着」することで、インクレディブルなインド人の知られざる一面を発信していきます!

今回は、4月からずっとお世話になっているスラムの一家についてお届けします。

インドにはスラムがたくさん

インドと聞くと真っ先に「貧困」の二文字が頭に思い浮かぶ人も多いのではないかと思いますが、やはり、インドで生活していると、至る所にスラムを見かけます。

スラムとは、土地や家を借りずに、国が保有している土地や空き地などに不法に住んでいるエリアのことです。煉瓦造りの簡単な家や木と布やブルーシートなどで作った家がほとんどで、暑さや寒さ、雨から身を守るには完全とは言えません。もちろんトイレやお風呂はなく、スラム一帯で共用の水道から水を汲んできてそれぞれの家で使っています。

私の家の近くにもスラムエリアがあり、4月から今まで通い続けた結果、ある一家と仲良くなりました。今日は彼らについて、紹介します。

仲良くなったスラムの一家

今回のターゲットは「スラムの馬人形作りを営む、アーティ」

まだジャイプールに来て間もない頃のお話です。滞在しているお家からインターン先まではバスで30分ほどなのですが、道中になにやら馬のような赤い人形が並べてあるのを発見しました。気になって後日訪れてみると、そこはスラムで、手作りのテントに住みながら馬の人形を作って売っている、50人ほどのコミュニティだったのです。

コミュニティの人たちは、突然訪れた私を快くもてなしてくれました。彼らのほとんどは英語が話せないため、私の拙いヒンディ語と、英語を少しだけ話せる女の子アーティの助けと、Google翻訳の力を借りてコミュニケーションをとります。

話していくうちに、彼らは馬の人形を作り、それを道や市場で売って8人家族で一日200ルピー(340円ほど)を稼いで生計を立てていることがわかりました。お父さんと弟が藁を馬の形にまとめ、アーティ達3姉妹とお母さんが藁に布を縫い付けて、レースで装飾します。合計6人の子供達は近くの無償の公立の学校に通っていますが、高校や大学への進学は金銭的にできません。アーティは現在18歳で、今年10月に両親が見つけた許婚と結婚するのだそうです。相手の職業はマジシャンだと聞いて、どんな人か心配になったので、許婚と電話で話してみると、英語をしっかりと話せて、気さくなインド人で安心しました。

このような馬の人形を作っています。

貧しい=不幸せ?

経済的に貧しいというと、可哀想だとか幸せじゃないとか勝手に決めつけてしまいそうになりますよね。でも、彼らは金銭的に貧しいにも拘らず、「貧しいから不幸せだ」ということもなく、いつも笑顔に溢れていて、楽しそうで、私にチャイやご飯を振舞ってくれるくらい他者への優しさに満ち溢れています。

彼らは家族同士とても仲が良いだけでなく、コミュニティ内の他の家族とも親密な関係で、協力しながら、時には喧嘩もしながら(一度女同士の殴り合いの喧嘩が始まって怖い思いをしたことがあります)、支え合って生活しています。

そして、彼らの言動の節々から、彼らが自分自身と自分の仕事に誇りを持っていることを感じることが多いんです。

周りの人を大切にしながら、支え合いながら生活し、そんな自分自身に満足しているからこそ、心が満ち足りた状態で幸せそうに見えるのだと思います。

いつでも楽しそうに迎え入れてくれます。

それでも、「貧困」は壁になる

だったら貧困でもいいじゃん、と思ってしまいそうになりますが、貧困によって物理的に困ることが非常に多いのも事実です。

例えば、病気になった時。アーティと結婚の話をしていた際に、「ここ半年、生理がきていない。5つほど病院に診察してもらったけど、治療費が10,000ルピー(約1.7万円)と言われて治療できなかった。結婚を控えているため、フィアンセに知られる前に治療したい」と相談されました。あまりにも治療費が高すぎることに疑問を抱いたので、一緒に別の病院に行ってみたら、診察料と薬代合わせて200ルピーほどで、その上薬を飲んで10日で生理が来るようになったのです。このように、貧困が原因で十分な知識や判断力がない場合、病院から騙されてしまうことも多いです。それに加え、この1回の診察料と薬代200ルピーは、8人家族で1日に稼ぐお金と同じ額で、彼らからしたら大変な出費でした。

また、もう一つ「貧困」が壁になる例があります。私がスラムに通う中で、一度だけ物をせがまれたことがありました。それは「サボン(ヒンディ語で石鹸)」です。彼らは身体や手を洗うときに、通常の石鹸は高くて買えないため、安い衣服を洗う用の石鹸を使っています。そのせいで、肌が傷ついてしまったり、石鹸で使わない選択をすることもあるんです。実はインドには合計70万人が石鹸なしで生活していると言われています。たかが石鹸と思われがちですが、石鹸は子供子供たちを病気から守る重要な役割を担っています。WHOによると5歳未満の死亡者のうち16%が下痢によるもので、肺炎に続いて死亡原因2位となっていますが、この下痢を予防する鍵を握るのが、石鹸なのです。

食事も炭水化物が多めでたんぱく質不足になりがちです。

壁を乗り越えるために、大学生の私にできること

石鹸の重要性を思い知った私は、6月にて市場調査の会社でのインターンを終え、7月からスタートアップにて、石鹸リサイクル事業を始めました。

ホテルでたった一度使われた後捨てられてしまう石鹸を回収してリサイクルし、石鹸が必要な人の元へ届けます。

リサイクルした石鹸

実際にアーティたちに渡したところ、「他の家族から嫉妬された」と言われるくらい、彼らは石鹸を必要としているんです。

この活動を広げるために、今日からクラウドファンディングCampfireにてキャンペーンを行なっているので、興味がある人は是非チェックしてみてください!

 

【長岡里奈さんが推進しているプロジェクトのページはこちら!】

長岡里奈さんが推進するプロジェクトのクラウドファンディングページ

 

 

【長岡里奈さんの参加したビジネスインターンシップの詳細はこちら!】

 

「おにぎり」で、兵庫県篠山市の地域課題解決を目指す!【株式会社いなかの窓】【海外インターンシップ受け入れ企業インタビュー】

株式会社いなかの窓様とともに篠山市の地域課題解決を目指すアイセック関西学院大学委員会の「おにぎり」というプロジェクト。関西学院大学の三田キャンパス近くにある兵庫県篠山市において、地方過疎化の課題に対して海外インターンシップの受け入れ事業を通じてアプローチしています。

今回は、株式会社いなかの窓の代表取締役である本多紀元様と、アイセック関西学院大学委員会の担当者である渡邊永で対談インタビューを行いました。

本多 紀元さん:株式会社いなかの窓 代表取締役。2015年に設立された、篠山市にあるマーケティング・ブランディング支援を行う企業を経営している。

渡邊 永:アイセック関西学院大学委員会 受け入れ事業担当。くまもと若者会議 代表。丹波県民局の委託事業の年間活動やMy 農家 BOX プロジェクトメンバーも行う。

 

「おにぎり」の名前の由来とは!?

Q. 「おにぎり」というと名前にはどのような意味が込められているのですか?

渡邊:
昨年度からアイセック・ジャパンでは、ただの海外インターンを運営するだけでなく、1つ1つの海外インターンシップを特定の社会課題にアプローチするプログラムにしていく動きを進めています。

それをプロダクトと呼んでいて、自分が担当しているいなかの窓との地方創生プロダクトの名前が「おにぎり」です。

「おにぎり」の由来はプランニング合宿中に当時の委員長の浅野がボソッと言っただけで、特に深い意味はありません。笑

色々な国にたくさんの学生がいる世界規模のAIESECで、1つの地域に絞って地方課題を解決していこうというのは新しいケースかと思います。

地方創生ってありそうでなかったというか。

 

熊本の過疎地に生まれ、「地方創生」に興味を持った。

Q. そもそも、渡邊くんはどうして数ある社会課題の中から「地方創生」という課題にアプローチしようと思ったのですか?

渡邊:

個人的な話では、僕が熊本の過疎地域で生まれ育ったことがあります。

もともとそういう環境で育ったから、地域が衰退していく状況を目の当たりにして、それが嫌だなという想いが中高生ぐらいからありました。

関学に進学してきて、アイセックに入会し、アイセック以外でも地域のために何か活動していこうと思っていた矢先に、アイセック関西学院大学委員会で見事に「地方創生」という枠でプロダクト創ることが決まりました。

まさにミラクルでしたね。 もともと地方創生に興味があったのと、若い世代から地域の人と一緒にやるのが面白くて好きになっていきました。

でも、学生が地域の問題にアプローチしていくことは結構難しいです。地域に飛び込んで、学生ですって入っていくのは地域の人にはそれなりの事情があります。

どこの馬の骨かもわからない学生が「お金出して、海外インターンシップを受け入れてください」と提案するのは受け入れ辛いのかなと思います。

それが当たり前だとは思うんですけど、それをどう乗り越えていくかが大切です。

どこまで地域に密着できてアイセックの活動ができるのかなっていうことに興味が湧き、そこで株式会社いなかの窓さんと出会いました。

 

「株式会社いなかの窓」との出会い

Q. どうして「株式会社いなかの窓」さんにアプローチしたのですか?

渡邊:

最初は僕じゃなくて浅野がアプローチしたんです。

彼も地方にめっちゃ興味があって、彼が委員長の時に地方創生のプロダクトを創り、いなかの窓さんの担当者をしていました。

彼が委員長になるので、担当者を引き継ぐにあたって、「興味があるのでやらせてください」と言ったのがきっかけです。

Q. 浅野さんが「いなかの窓」さんにアプローチしたのは偶然ですか?

渡邊:

企業自体は偶然でが、丹波篠山にフォーカスしたのはたまたまではありません。

アイセック・ジャパンの海外インターン受け入れは、情報通信サービス・製造業が比較的多く、都市部の方が市場は大きいと思われがちです。しかし、その市場では、他の委員会や他の競合サービスと差別化できないと考えていました。関学の三田キャンパスより北の地域は誰もアプローチしたことがありませんでした。アイセック関西学院大学委員会であれば、行こうと思えば行ける距離です。

そこで、丹波篠山について調べたら、篠山観光都市であることを知りました。丹波も力を入れていることが分かって、この地域にどんな企業さんがありなのかを考えている時に、ITベンチャーである株式会社いなかの窓さんを見つけました。

だから、浅野が調べてなかったら僕もいなかの窓さんと出会うタイミングはもっと遅かったと思います。

株式会社いなかの窓の社員さんと、インドネシアからのインターン生Julioさんさん。真ん中がJulioさん。

 

海外インターンシップ受け入れの決め手

Q. 株式会社いなかの窓さんは、海外インターンの話を聞いて、すぐに引き受けてくださったのですか?

本多様:

篠山がその時期に日本遺産という世界遺産の日本版に選ばれたり、ユネスコの創造都市ネットワークで文化などが世界的に認められた街として篠山が選ばれたりしまして。海外にどんどん情報を発信していかないといけないという流れになっていました。

ちょうどアイセックの浅野くんが来てくれて、インターン生が海外目線で篠山の良いところ見て、体験して、伝えてもらうことで、僕らも勉強したかったし、インターン生にも篠山のことを知って欲しかったので引き受けることにしました。

あと、周りに若い人がいないので見つけてもらえて嬉しかったというのもあります。笑

篠山って、大学がないので若い人がいないんですよ。

Q. とはいえ、海外インターンシップの受け入れには費用も人手もかかると思うのですが、障壁などはなかったのですか?

本多様:

はい。とりあえずやってみようと思っていました。

大きい企業やったら難しいんちゃうんかな。結構フットワーク軽いからできたことだと思います。

地方創生に大学生が取り組む中だと僕らみたいな若くて小規模な事業者があってると思います。田舎でわざわざ大企業を探してインターンをしても、都会で大企業で研修するのとほぼ変わらないからです。田舎でやるなら、小さい個人事業主とかのもとで海外インターンをした方が面白い経験ができるし、アイセックとしてもアイセックのやりたいことができるかと。

対談する本多様と渡邊の様子

 

日本独特の「地域の課題」を、海外からのインターン生に理解させる難しさ

Q. 受け入れの提案の際にアイセック側としてはどのような工夫をしましたか?

渡邊:

受け入れること自体はすぐに決まったので、そのあとに、どんなインターンシップの内容にするかの設計に力を入れました。

まず難しかったのが篠山の課題をインドネシアからのインターン生であるJulioさんに理解してもらうこと。そしてJulioさんのスキルをどう活かすかということです。

「ウェブ開発」という大筋は決まっている中で、どうすればインターン生にとっても良い経験ができて、いなかの窓さんにとっても成果を残すことができるかを考えるのが大変でした。

準備期間も短かったのでその中でする苦労は多かったです。

 

本多様:

そんなに気遣わんでもよかったのにっていうくらい、気遣ってくれて。笑

 

渡邊:

日本の地方に海外からのインターン生を受け入れ、社会課題を解決するという目的があるインターンシップであるから、その分それを達成させるためにインターン内容とか状況の理解には時間がかかりました。

地域の数ある課題の中で、何を自分たちがアプローチする課題とするか。

本多様:

そもそも「おにぎり」というプロジェクトでどんな社会課題を解決しようとか?

 

渡邊:

日本が持つ地域の課題を扱っていて、それをちょっと噛み砕いていって、じゃあ丹波篠山地方ってどういう状況だろうというのを細分化していって。

いなかの窓さんにヒアリングしたり、市役所に話聞いたりとか。その中で観光都市である篠山市に年間200万人来ている観光都市なのに、海外に観光都市をアピールする媒体とかアプローチ方法があるのかなっていう話になりました。それこそ本多さんが以前おっしゃっていた「代表できるものがない」というか「これだ!」というものがない。

「これだ!」と言えるものを作って発信できたら観光都市としての篠山の魅力を伸ばしていけると考えた時に、まず自分がやりたいこととやれることってそこなのかなと考えてアプローチしようというのが自分たちの丹波篠山地域の地方創生の概念ですね。

すごく複雑で深刻な課題を扱うというのもありだとは思いますが、これもうちょっとやったら魅力あるよねというところこそ自分たちが扱える状況だと思っていました。

 

本多様:

「高齢者の医療問題を解決したいです」とかパッときて言われても、そうなん、それはみんな考えてるんじゃないですかね…。ってなる。

段階的な感じでいいんじゃないかな。いずれは深い問題にも踏み込んでいったらいいのかなと思います。

 

渡邊:

結局、何をやるにしても「地域の人とどこまで絡めるか」というのが大きな課題だと思います。アイセックは海外インターンシップを運営するというそれはそれですごい事業としてやっているのですが、いかにしてアイセックの事業をを継続させるかとかサイクルを回すという持続的に社会に影響を与えていくかを考えたら、アイセックのメンバーと地域の人がどこまで相互作用できるのかが大切なのかなと。

 

何(What)より、なぜ(Why)を伝え合う。

本多様:

アイセック側も、おにぎりというプロダクトがどうしていきたいかというビジョンを伝える。地域側も、こうしたいとかお互い伝えた上で、これをやろうというのがお互いにとってプラスになるのかなって思っています。

「地域課題を解決したい!」と飛び込んで人に、地域の人があれやってこれやってってやると面白くない。例えば、地域課題解決したいんです、じゃあ庭の草むしりやってインターン生に草むしりやってていうのは目標があるのに近づけへん。

アイセック側は、ある程度こういうのを目指すんですというのが明確にあるといいのかな。

 

渡邊:

どこまで明確にちゃんと伝えるかと、それが矛盾してないかというのが、シンプルだけど見られますよね。

 

本多様:

何を持って動いているか。

やることは海外からのインターン生を受け入れることだけど、「なぜ」それをやるのかっていうのは1つ1つのプロダクトごとに違う。

「おにぎりは、こういう理由で海外インターン受け入れをやるんです」というのを明確にできたら目標に近づいていけるし、今回の事業を通してこれが土台になって行く中で積み重ねていってでかいことできるようなって目標達成できる。

 

渡邊:

同時にアイセックがやるべきことって、いかに地域の人たちにちゃんとメリットのある伝え方ができるか。自分たちがどういう思いで、何をやりたいのかっていうのをどこまで理解してもらえるかっていうのが大事です。

結局そこで「何しに来たの?」と言われたら終わりで、そこをいかに伝えるかっていうのはアイセックの責任だと思います。

 

本多様:

そうですね。「なぜしたいのか」が大事で、何がしたいかっていうのはどうとでも説明できる。

何をやるかっていうのは「じゃあどうぞ」ってなるけど、これをやるのはこういうことがやりたいからですって伝えられたら、「地域でこういうことしたら達成できるよ」とかアドバイスできます。

若者こそが未来に対する最大の資産

Q. いなかの窓さんから見たアイセックの価値を教えていただけますか。

本多様:

「若者こそが未来に対する最大の資産だ」という考え方がすごい。特に地方だと学生いないので大学生がわざわざ篠山に来てやりたいって言ってくれるのは地域にとったら価値のあることだと思います。

でも、地域はそういうの閉鎖的で、受け入れへんから衰退していくんだと思います。ほんと、若者が未来の最大の資産っていうのをアピールしていくべき。

 

今回の取り組みに関しても、渡邊くんが篠山市役所に行って提案したけどあんまり進まへんかった。それも残念やなって思って。もっとこう背中を押してあげるくらいの余裕がないとね。

今回の実績をきっかけに、ステップアップして行ったらいいのかな。

地方創生にありがちな「外の人が何言ってるんだ」にならないために。

Q. 最後に、今後「地方創生」という社会課題を解決していく上でのアドバイスをいただけますか。

本多様:

地域によって課題は違うので、まず調べたり聞いたりすること。いきなりやるのは難しいので、僕らみたいな地域に根ざした企業に声かけてもらって、そこから繋げてもらえればやりやすいんじゃないかと思います。誰でもウェルカムみたいな人を見つける。その人にやりたいことを伝えて、課題をそこの人から聞いたり、その人通して聞いてみたりする。それで自分たちに何ができるかを考えるプロセスが大事だと思う。

ありがちなのは地域課題ってこういうことがあると思うって机上の空論を決めつけて持っていくこと。課題はあるけど、実際はこういう事情があるからってギャップが生まれて、外の人が何言ってるんやってなりがち。地域に溶け込むには「地域を知るウェルカムな人に聞く」。人との繋がりを築いていくことが大事かなと思います。

 

【地方創生×海外インターンシップ 詳細はこちら!】

小さな壁を乗り越えることで変わり始めた自分の価値観【海外インターン体験記】【マレーシア】【連載1】明治大学 大橋彩香

こんにちは!

マレーシアで、ミャンマーからきた難民の子供たちに教育を行うという海外インターンシッププログラムに参加している、明治大学経営学部2年の大橋彩香です。

 

皆さんは、海外インターンシップでの生活をイメージしたことはありますか?

 

私にとって、今回が初めての海外渡航であり、もちろん海外インターンシップに参加することも初めてです。

今日は、私が海外インターンシップの生活の中で感じた、自分の価値観の変化についてお話しします。

 

「失敗することは良くない」

マレーシアに来て2週間が過ぎ、自分にとって変わり始めていると感じる価値観。

それは、「失敗することは良くない」という自分の価値観です。

今までの私は、自分が失敗しそう、できないと感じることには、自分から踏み出すことができませんでした。

しかし、今まで自分にとって大きな壁であったこの価値観が、マレーシアに来て変わりつつあります。

出国時に見送りに来てくれた後輩たちとの写真

「言語」という壁を越えること

海外インターンシップに参加すると決めたはいいものの、私にとって言語は1つの壁でした。

私は、英語を話すこと、聞くことがそれほど得意ではなく、日本にいるときから不安で仕方なかったです。

 

「上手に英語を話せなかったらどうしよう」

 

そんな妄想が頭の中をぐるぐる回りました。

言語の壁を越えるということは、私にとって1つの挑戦でした。

 

異国の地で、15カ国近くの国から来た人たちとの共同生活

私が参加している海外インターンシップには、15カ国近くの国から集まった、約30人の同世代の人たちが参加しています。

香港から来たインターン生の誕生日を皆でお祝いした時の様子

当初の不安とは裏腹に、マレーシアに来てからは、その中でもがきながらも、英語を使ってきちんとコミュニケーションをとることができています。

自分の中でこのような変化が生まれ始めている理由として、大きく2つの理由があります。

 

壁を越えなければコミュニケーションは始まらない

1つ目は、英語を話すことができないと何もできない環境であることです。

 

他のインターンシップ生や、マレーシアにいる現地の人たちとの共通言語は、英語しかありません。

英語を話すことを積極的に頑張らなければ、自分は埋もれてしまいます。

私にとっては言語が壁の1つだったけれど、この壁を越えなければコミュニケーションをとることはできません。

その上、純粋に他の国の人たちとのコミュニケーションをとることで新たな発見がたくさんあります。

だからこそ、自分にとって障壁であった英語を頑張って話そうと、日々励んでいます。

 

恐れる必要はない

2つ目は、失敗を恐れる必要がない環境にいることです。

 

私は、失敗することが怖いことだと思っていました。

しかし、その必要は全くないということに気づきました。

ここマレーシアは多民族国家で、マレー人、インド人、中国人の3民族が主流です。

そのため、英語を母語として話す人はほとんどいません。

それに加えて、他の国から参加している30人近くの海外インターンシップ生も、アジアやヨーロッパ出身の人が多く、母語は英語ではない人がほとんどです。

失敗しても、「気にしないで」と言ってくれる人たちがいます。

このような環境だからこそ、私は失敗を恐れずに挑戦できます。

プトラジャヤにあるモスク、Masjid Besi

小さな壁を乗り越えること

私は今、日々たくさんの小さな壁を感じています。

しかし、これらの小さな壁を少しずつ乗り越えることで、気づくこと、学ぶことがたくさんあります。

 

様々な壁を乗り越えながら、残りのインターンシップも頑張っていきたいです。

 

次回の連載では、私が参加している海外インターンシップの内容についてお話ししたいと思います。お楽しみに!

 

PwC様による営業セミナー「What’s the real “Sales” and “Consulting”?」を行っていただきました。

2017年8月から9月にかけて、PwC様による営業セミナー「What’s the real “Sales” and “Consulting”? by PwC」をアイセックで営業活動に取り組むメンバーを対象に行っていただきました。

関東・関西でそれぞれ2回ずつ、営業セミナーを開催していただきます。

 

【全体のスケジュール】

2017年8月16日(水)営業セミナー#1(汐留オフィス)

2017年8月21日(月)営業セミナー#1(大阪梅田オフィス)

2017年9月5日(火)営業セミナー#2(丸の内オフィス)

2017年9月20日(水)営業セミナー#2(大阪梅田オフィス)

初めの挨拶として、本セミナーの趣旨を説明するアイセック・ジャパン事務局 受け入れ事業統括 小西

【Ica Break】営業資料をもとに、ゼロからシナリオを作る

最初にアイスブレークとして、机の上にランダムに並べられていた営業資料を使って提案のストーリーを作るワークを行いました。

ランダムに並べられた営業資料を読み解き、プレゼンのシナリオを作る様子

 

【Sales Trial #1】PwC様への海外インターンシップ受け入れの模擬営業

次に、PwC様の会社概要を学び、PwC様への海外インターンシップ受け入れの模擬営業を行いました。

30分間グループで営業のシナリオ設計を行い、10分間の模擬営業を実践しました。

海外インターンシップの受け入れをPwC様に提案している様子

【What’s real “Consulting”】コンサルティングとは何か

模擬営業を終えた後に、振り返りを行った上で、営業とは何か、コンサルティングとは何かを学びました。

相手の行動を引き出す上で重要な「信頼」を獲得するための方程式を考えるワークなども行い、ラポール形成についても学びました。

【Sales Trial #2】海外インターンシップ受け入れの再提案

最後に、【Sales Trial #1】の振り返りと【What’s real“Consulting”】で学んだことを踏まえて、2度目の模擬営業を行いました。

2度目の模擬営業を行う様子

参加したアイセック営業担当の声

営業における大切な心構え、相手との信頼関係の築き方について学ぶことができました。実際に学んだことをすぐ実践できるような模擬営業のワークを取り入れて下さったことで、実践する難しさや新たな気づきを得ることができました。

理解することはできても、実践となると難しいところでもあるので、場数を踏みたいと思いました。

(アイセック立教大学委員会 2年生)

 

講師の方がおっしゃっていることを理解して、最後の営業のロールプレイに活かすことができました。今まで自分が行なっていた営業では、自分が聞きたいことのヒアリングはできていたものの、相手の立場はあまり考えていない、相手の課題解決を考えられていなかったんだと感じました。それを克服する第一歩となる成功体験ができたので良かったです。

(アイセック立教大学委員会 2年生)

 

営業はコンサルティング、クライアントの課題を一緒に解決する仲間、というメッセージングがシンプルで分かりやすかったです。

(アイセック大阪大学委員会 2年生)

 

実際に模擬営業を行なった後、目指すべき理想の営業や関係構築の仕方を学び、自分たちの行なった模擬営業と比較することで、課題が明確になりました。その後、もう一度模擬営業をしたことで、学んだ内容をどう活かせばよいかが分かりました。

(アイセック同志社大学委員会 2年生)

 

 

9月には、夏の期間に営業活動を経験したことを踏まえて、更に応用的な内容の営業セミナーを行っていただく予定です。

本企画の概要

【企画目的】

アイセック・ジャパンの営業担当の営業力向上

 

【企画内容】

関東・関西の両方で8月、9月にPwC様による営業セミナーの開催。

 

【ご協力】

<PwCコンサルティング合同会社>


PwCコンサルティング合同会社は、経営戦略の策定から実行まで総合的なコンサルティングサービスを提供しています。

PwCグローバルネットワークと連携しながら、クライアントが直面する複雑で困難な経営課題の解決に取り組み、グローバル市場で競争力を高めることを支援します。

http://www.pwc.com/jp/ja/about-us/member/consulting.html

 

 

大学生向けメディア「POP」にて、アイセック一橋大学委員会 飛矢智希へのインタビューが掲載されました。

大学生向けメディア「POP」にて、アイセック一橋大学委員会 飛矢智希へのインタビュー記事をご掲載いただきました。

ミャンマーって、どんな国?到着から4日間で味わったミャンマー文化。【海外インターン体験記】【連載1】慶應義塾大学 大家奈穂

ミンガラーバー!(こんにちは!)

ミャンマーの若者たちを啓発すべく、現地の大学などでワークショップを行う海外インターンシップに参加中の慶應義塾大学1年 大家奈穂です。

 

皆さん、ミャンマーってどんな国か、知っていますか?

今回はミャンマーの食事と服装、そしてミャンマーで私が驚いたことについてお伝えします!

ミャンマーの人って、何を食べているの?

ミャンマーに到着して4日目になりましたが、未だにほとんど「ミャンマー料理」を食べる機会がありません。(泣)

日本人が日本食ばかり食べている訳ではないのと同じで、ミャンマー人も普段からミャンマー料理ばかり食べている訳ではないようです…。

 

”OISHII SUSHI”という絶対美味しくなさそうなお寿司屋さん

その代わり、お寿司屋さんに行ってきました。

その名も”OISHII SUSHI”!

いやいや絶対に美味しくないでしょ…と身構えて入ったのですが、これが意外にも日本で食べるお寿司とほとんど変わらない味でした。

本当に美味しかった”OISHII SUSHI”

 

唯一食べたミャンマー料理のサラダ

ミャンマーに来てから今までに食べた唯一のミャンマー料理。

それは、トマト、ピーナッツ、にんにくなどが入ったミャンマーのサラダです。

日本のサラダとは全く異なるものですが、食感が良く、塩味もそれほど濃くないので、日本人にとっても食べやすいと思います。

唯一食べることができたミャンマー料理のサラダ。

“OISHII SUSHI”以外にも、一風堂や王将など日本にあるお店も多いので、ミャンマーで食べる日本食を楽しみつつ、ミャンマー料理を開拓して行きたいと思います!

 

ミャンマーの人がよく着ている「ロンジー」

ミャンマーを歩いていて、一番目につくのはロンジーという伝統的な衣装です。

アウン=サン=スーチーさんが着ていたことでご存知の方も多いかもしれません。

くるぶしまである巻きスカートのようなものです。

私はまだロンジーを履いたことはありません。

ミャンマーに住んでいて、仕事の時にロンジーを履いているアメリカ人のMichelさんによると、ロンジーはただ巻いているだけなので「はだけてしまいそうで心配」だそうです。(笑)

 

ジーパンやスパッツのようなズボンを履いている人もたくさんいます。

ミャンマーに渡航する前に「みんなロンジーを履いてるよ!」と聞かされていた私からすると、これが少し意外でした。

短パンを履いている人もちらほら見かけ、ロンジーのような伝統的な衣装はだんだんと着る人が少なくなってきているのかな…という印象を受けましたが、今でも大学ではロンジーを履く、という規則があるそうです。

道路を渡ろうとしている人々の様子。多くの人がロンジーというスカートのように長い布を巻いている。

ロンジーを履かないと、パゴダに入れない?

また、ミャンマー各地にあるパゴダ(仏塔)では、ロンジーまたは長ズボンを履き、靴を脱がないと入れない、という規則があります。

シュエダゴォン・パゴタの様子。ロンジーか長ズボンを履いて、靴を脱がないと入れない。

 

私が驚いたミャンマー人の習慣①「吐血…?!」

ミャンマーで道を歩いていると、必ず唾を吐いている人を見かけます。

彼らは歩行中でも運転中でもどこでも唾を吐きます。

そして道を見てみると、至る所に赤い血のような跡が。

最初は吐血かと思い、非常に焦りましたが、これは噛みタバコのせいで赤くなる唾を吐いているだけなのだそう。

噛みタバコを噛む理由を聞いてみると、「エネルギー補給になるから」だそうです。

道路の至る所にある赤い跡。その正体は、噛みタバコのせいで赤くなる唾。

私が驚いたミャンマー人の習慣②「サービスの肉まん?」

私が住んでいるアパートの近くの地元のレストランに行った時のことです。

お店の人がとても優しく、英語をよく話せる訳ではありませんでしたが私たちの横を通る度にニコニコ私たちに笑いかけてくれていました。

そんな彼女が、私たちは頼んでいないのに肉まんを持って来てくれたのです…!

ミャンマーの人は本当にサービス精神旺盛だなあ、と思いながら美味しく肉まんをいただきました。

レストランで笑顔な店員さんにサービスされた肉まん。

突き出しを食べたら、その代金を払うのがミャンマー文化

ところが!

お会計の時、私が支払うはずだった400チャットではなく、600チャットを請求されたのです…!

話を聞いてみると、200チャットは肉まん代のよう。

少し不満な私でしたが、美味しくいただいた肉まんはもう私のお腹の中に収まってしまっています。

渋々600チャットを支払いました。

 

後から友人に聞いたところでは、ミャンマーではご飯の前に突き出しのようなものを出してくれるそうで、それを食べた人はその代金を支払う、というシステムのようです…。

一つミャンマーに関する知識が増えました。

 

ミャンマーの最大の魅力は、「人」にある。

いかがでしたか?

ここまで、私が感じたミャンマーについて書いて来ましたが、4日間ミャンマーで過ごしてみて、ミャンマーの最大の魅力は「人」にあると感じています。

 

次の連載からは、その「人」についても触れていきたいと思いますので、お楽しみに!

 

 

JSR株式会社「JSRグループCSRレポート2017」にて、弊団体とのご協働に関してご掲載いただきました。

化学メーカーJSR株式会社様の、「CSRレポート2017」にて、アイセック慶應湘南藤沢委員会とのご協働に関してご掲載いただきました。

 

「3.2016年度の取り組みーー(4)教育・社会教育」の「⑥ JSR 本社 途上国における教育への教育資材提供」の箇所になります。

 

事業活動によって生じる社会的課題 地域・社会とのコミュニケーション – CSRレポート2017 – JSR株式会社

http://www.jsr.co.jp/csr/2017/stakeholder/community.shtml