抜け出すことのできなった「日本人」であること【海外インターン体験記】【モンゴル】【連載1】慶應義塾大学 安藤日向子

こんにちは!

モンゴルのIT会社、Unimedia Solutions LLCにて、モンゴル(ウランバートル市)のグルメ業界について、市場調査しています!

慶應義塾大学1年の安藤日向子です。

 

私が配属されたプロジェクトの目的は、モンゴルでグルメサイトを作ること。

日本では、食べログ、Retty、note、tumblrなどなど多くのサービスがSNS化している、と言うのが最近の発見です。

WEB上での人間関係の構築、新たな繋がりを現代の人々は求めている。

そのように感じます。

 

だけど、今回私が伝えたいことは、観光客の私が見るモンゴルの姿、その国に生きる人々が見るモンゴルの姿、双方に存在する大きな「ギャップ」についてです。

ウランバートル市から少し離れると、そこには自然と草原が広がっている。

思うままに生きられる国、モンゴル。

モンゴルでは、友達との待ち合わせなんて、決して予定通りに集まれない。

イベントなんて、決して予定通り開催されない。

路上では車が自由に走り回り、それぞれ自分のことを主張します。

躊躇なくクラクションを鳴らし、自由に道を運転しています。

思うままに振舞っている。そして、それが許されている。

「自由。」

3週間モンゴルで過ごし、強く、そう思いました。

とても居心地の良い国。そう感じていました。

モンゴルの都市、ウランバートル市には高層ビルが立ち並び、郊外と比べかなり発展している。

 

「こんなの自由なんて言えない。」友達に聞いた真逆の主張。

「自由。」私はそう感じました。

しかし、モンゴルに住んでいる人、皆がそう思っているわけではありません。

「こんなの自由なんて言えない。」

友達は、強く、そう主張しました。

 

私が今いるウランバートル市は、ビルがたくさん立ち並び、栄えている町です。その一方で、モンゴルの田舎の方には、遊牧民として、ゲルに住み、家畜を育てて生きている人たちもいます。しかし、マイナス30度以下という寒い冬の中、その多くの家畜は亡くなってしまいます。だから、秋の内に、亡くなる前に売り、お金にしなければならないのです。

暑い夏、極度に寒い夏。「温暖化のせいかもしれない。」友達は、そう言っていました。過酷の天候の中、遊牧民として暮らすことは決して楽ではありません。多くの人々が田舎からウランバートル市に移り込み、現在のウランバートルは予定していた人口の3倍ほどの人々に溢れてしまっています。

田舎から移り混んできた友達は、「田舎の方が断然良い。」そう言います。

慣れるまで、田舎からの人は、信号の見方がわからないし、ゴミはゴミ箱の中に入れなければならないことを知りません。ウランバートルで生まれ、暮らしている人々は、そんな彼らを見て、やむを得ないことはわかっています。だけど、列を抜かされたり、平気で大声で叫ばれたりして、決してそれを快く受け入れているわけではありません。

プラスチックが土に変えらないことを知りません。だから、平気で道端に廃られています。

私は日本人でした。

日本人である私には、「自由」として写ったモンゴルの姿。

しかし、それは、日本人として見ていたからかもしれません。

 

ウランバートルに住む彼らにとって、目の前の問題は彼らにとっては大きな問題。絶対に改善しなければならない事実。

私は他人事になっていたのかもしれません。だから、悪いところも良いところかのように見えてしまっていたのかもしれません。

そして、逆にモンゴルの人々は日本に大きな憧れを持っています。

「マナーがある。」と彼らは言います。

しかし、日本人である私は日本での極度の気遣いがたまに息苦しく感じ、自分がやりたいことを素直に行えないようにも感じます。

 

「同じ国を見ていて、でも、まるで全く違う国にいるみたいだね。」日本にいる友達にそう言われました。立場によって、見たいものが全く違う。見えてくるものも全く違う。

自分の思考が偏ってしまっていたこと、そんなことに「はっ」と、気づかされました。

 

【安藤日向子さんのブログ記事はこちら!】

The JAPANESE Armor / 「日本人」であった | sunsandseeds | note