「おにぎり」で、兵庫県篠山市の地域課題解決を目指す!【株式会社いなかの窓】【海外インターンシップ受け入れ企業インタビュー】

株式会社いなかの窓様とともに篠山市の地域課題解決を目指すアイセック関西学院大学委員会の「おにぎり」というプロジェクト。関西学院大学の三田キャンパス近くにある兵庫県篠山市において、地方過疎化の課題に対して海外インターンシップの受け入れ事業を通じてアプローチしています。

今回は、株式会社いなかの窓の代表取締役である本多紀元様と、アイセック関西学院大学委員会の担当者である渡邊永で対談インタビューを行いました。

本多 紀元さん:株式会社いなかの窓 代表取締役。2015年に設立された、篠山市にあるマーケティング・ブランディング支援を行う企業を経営している。

渡邊 永:アイセック関西学院大学委員会 受け入れ事業担当。くまもと若者会議 代表。丹波県民局の委託事業の年間活動やMy 農家 BOX プロジェクトメンバーも行う。

 

「おにぎり」の名前の由来とは!?

Q. 「おにぎり」というと名前にはどのような意味が込められているのですか?

渡邊:
昨年度からアイセック・ジャパンでは、ただの海外インターンを運営するだけでなく、1つ1つの海外インターンシップを特定の社会課題にアプローチするプログラムにしていく動きを進めています。

それをプロダクトと呼んでいて、自分が担当しているいなかの窓との地方創生プロダクトの名前が「おにぎり」です。

「おにぎり」の由来はプランニング合宿中に当時の委員長の浅野がボソッと言っただけで、特に深い意味はありません。笑

色々な国にたくさんの学生がいる世界規模のAIESECで、1つの地域に絞って地方課題を解決していこうというのは新しいケースかと思います。

地方創生ってありそうでなかったというか。

 

熊本の過疎地に生まれ、「地方創生」に興味を持った。

Q. そもそも、渡邊くんはどうして数ある社会課題の中から「地方創生」という課題にアプローチしようと思ったのですか?

渡邊:

個人的な話では、僕が熊本の過疎地域で生まれ育ったことがあります。

もともとそういう環境で育ったから、地域が衰退していく状況を目の当たりにして、それが嫌だなという想いが中高生ぐらいからありました。

関学に進学してきて、アイセックに入会し、アイセック以外でも地域のために何か活動していこうと思っていた矢先に、アイセック関西学院大学委員会で見事に「地方創生」という枠でプロダクト創ることが決まりました。

まさにミラクルでしたね。 もともと地方創生に興味があったのと、若い世代から地域の人と一緒にやるのが面白くて好きになっていきました。

でも、学生が地域の問題にアプローチしていくことは結構難しいです。地域に飛び込んで、学生ですって入っていくのは地域の人にはそれなりの事情があります。

どこの馬の骨かもわからない学生が「お金出して、海外インターンシップを受け入れてください」と提案するのは受け入れ辛いのかなと思います。

それが当たり前だとは思うんですけど、それをどう乗り越えていくかが大切です。

どこまで地域に密着できてアイセックの活動ができるのかなっていうことに興味が湧き、そこで株式会社いなかの窓さんと出会いました。

 

「株式会社いなかの窓」との出会い

Q. どうして「株式会社いなかの窓」さんにアプローチしたのですか?

渡邊:

最初は僕じゃなくて浅野がアプローチしたんです。

彼も地方にめっちゃ興味があって、彼が委員長の時に地方創生のプロダクトを創り、いなかの窓さんの担当者をしていました。

彼が委員長になるので、担当者を引き継ぐにあたって、「興味があるのでやらせてください」と言ったのがきっかけです。

Q. 浅野さんが「いなかの窓」さんにアプローチしたのは偶然ですか?

渡邊:

企業自体は偶然でが、丹波篠山にフォーカスしたのはたまたまではありません。

アイセック・ジャパンの海外インターン受け入れは、情報通信サービス・製造業が比較的多く、都市部の方が市場は大きいと思われがちです。しかし、その市場では、他の委員会や他の競合サービスと差別化できないと考えていました。関学の三田キャンパスより北の地域は誰もアプローチしたことがありませんでした。アイセック関西学院大学委員会であれば、行こうと思えば行ける距離です。

そこで、丹波篠山について調べたら、篠山観光都市であることを知りました。丹波も力を入れていることが分かって、この地域にどんな企業さんがありなのかを考えている時に、ITベンチャーである株式会社いなかの窓さんを見つけました。

だから、浅野が調べてなかったら僕もいなかの窓さんと出会うタイミングはもっと遅かったと思います。

株式会社いなかの窓の社員さんと、インドネシアからのインターン生Julioさんさん。真ん中がJulioさん。

 

海外インターンシップ受け入れの決め手

Q. 株式会社いなかの窓さんは、海外インターンの話を聞いて、すぐに引き受けてくださったのですか?

本多様:

篠山がその時期に日本遺産という世界遺産の日本版に選ばれたり、ユネスコの創造都市ネットワークで文化などが世界的に認められた街として篠山が選ばれたりしまして。海外にどんどん情報を発信していかないといけないという流れになっていました。

ちょうどアイセックの浅野くんが来てくれて、インターン生が海外目線で篠山の良いところ見て、体験して、伝えてもらうことで、僕らも勉強したかったし、インターン生にも篠山のことを知って欲しかったので引き受けることにしました。

あと、周りに若い人がいないので見つけてもらえて嬉しかったというのもあります。笑

篠山って、大学がないので若い人がいないんですよ。

Q. とはいえ、海外インターンシップの受け入れには費用も人手もかかると思うのですが、障壁などはなかったのですか?

本多様:

はい。とりあえずやってみようと思っていました。

大きい企業やったら難しいんちゃうんかな。結構フットワーク軽いからできたことだと思います。

地方創生に大学生が取り組む中だと僕らみたいな若くて小規模な事業者があってると思います。田舎でわざわざ大企業を探してインターンをしても、都会で大企業で研修するのとほぼ変わらないからです。田舎でやるなら、小さい個人事業主とかのもとで海外インターンをした方が面白い経験ができるし、アイセックとしてもアイセックのやりたいことができるかと。

対談する本多様と渡邊の様子

 

日本独特の「地域の課題」を、海外からのインターン生に理解させる難しさ

Q. 受け入れの提案の際にアイセック側としてはどのような工夫をしましたか?

渡邊:

受け入れること自体はすぐに決まったので、そのあとに、どんなインターンシップの内容にするかの設計に力を入れました。

まず難しかったのが篠山の課題をインドネシアからのインターン生であるJulioさんに理解してもらうこと。そしてJulioさんのスキルをどう活かすかということです。

「ウェブ開発」という大筋は決まっている中で、どうすればインターン生にとっても良い経験ができて、いなかの窓さんにとっても成果を残すことができるかを考えるのが大変でした。

準備期間も短かったのでその中でする苦労は多かったです。

 

本多様:

そんなに気遣わんでもよかったのにっていうくらい、気遣ってくれて。笑

 

渡邊:

日本の地方に海外からのインターン生を受け入れ、社会課題を解決するという目的があるインターンシップであるから、その分それを達成させるためにインターン内容とか状況の理解には時間がかかりました。

地域の数ある課題の中で、何を自分たちがアプローチする課題とするか。

本多様:

そもそも「おにぎり」というプロジェクトでどんな社会課題を解決しようとか?

 

渡邊:

日本が持つ地域の課題を扱っていて、それをちょっと噛み砕いていって、じゃあ丹波篠山地方ってどういう状況だろうというのを細分化していって。

いなかの窓さんにヒアリングしたり、市役所に話聞いたりとか。その中で観光都市である篠山市に年間200万人来ている観光都市なのに、海外に観光都市をアピールする媒体とかアプローチ方法があるのかなっていう話になりました。それこそ本多さんが以前おっしゃっていた「代表できるものがない」というか「これだ!」というものがない。

「これだ!」と言えるものを作って発信できたら観光都市としての篠山の魅力を伸ばしていけると考えた時に、まず自分がやりたいこととやれることってそこなのかなと考えてアプローチしようというのが自分たちの丹波篠山地域の地方創生の概念ですね。

すごく複雑で深刻な課題を扱うというのもありだとは思いますが、これもうちょっとやったら魅力あるよねというところこそ自分たちが扱える状況だと思っていました。

 

本多様:

「高齢者の医療問題を解決したいです」とかパッときて言われても、そうなん、それはみんな考えてるんじゃないですかね…。ってなる。

段階的な感じでいいんじゃないかな。いずれは深い問題にも踏み込んでいったらいいのかなと思います。

 

渡邊:

結局、何をやるにしても「地域の人とどこまで絡めるか」というのが大きな課題だと思います。アイセックは海外インターンシップを運営するというそれはそれですごい事業としてやっているのですが、いかにしてアイセックの事業をを継続させるかとかサイクルを回すという持続的に社会に影響を与えていくかを考えたら、アイセックのメンバーと地域の人がどこまで相互作用できるのかが大切なのかなと。

 

何(What)より、なぜ(Why)を伝え合う。

本多様:

アイセック側も、おにぎりというプロダクトがどうしていきたいかというビジョンを伝える。地域側も、こうしたいとかお互い伝えた上で、これをやろうというのがお互いにとってプラスになるのかなって思っています。

「地域課題を解決したい!」と飛び込んで人に、地域の人があれやってこれやってってやると面白くない。例えば、地域課題解決したいんです、じゃあ庭の草むしりやってインターン生に草むしりやってていうのは目標があるのに近づけへん。

アイセック側は、ある程度こういうのを目指すんですというのが明確にあるといいのかな。

 

渡邊:

どこまで明確にちゃんと伝えるかと、それが矛盾してないかというのが、シンプルだけど見られますよね。

 

本多様:

何を持って動いているか。

やることは海外からのインターン生を受け入れることだけど、「なぜ」それをやるのかっていうのは1つ1つのプロダクトごとに違う。

「おにぎりは、こういう理由で海外インターン受け入れをやるんです」というのを明確にできたら目標に近づいていけるし、今回の事業を通してこれが土台になって行く中で積み重ねていってでかいことできるようなって目標達成できる。

 

渡邊:

同時にアイセックがやるべきことって、いかに地域の人たちにちゃんとメリットのある伝え方ができるか。自分たちがどういう思いで、何をやりたいのかっていうのをどこまで理解してもらえるかっていうのが大事です。

結局そこで「何しに来たの?」と言われたら終わりで、そこをいかに伝えるかっていうのはアイセックの責任だと思います。

 

本多様:

そうですね。「なぜしたいのか」が大事で、何がしたいかっていうのはどうとでも説明できる。

何をやるかっていうのは「じゃあどうぞ」ってなるけど、これをやるのはこういうことがやりたいからですって伝えられたら、「地域でこういうことしたら達成できるよ」とかアドバイスできます。

若者こそが未来に対する最大の資産

Q. いなかの窓さんから見たアイセックの価値を教えていただけますか。

本多様:

「若者こそが未来に対する最大の資産だ」という考え方がすごい。特に地方だと学生いないので大学生がわざわざ篠山に来てやりたいって言ってくれるのは地域にとったら価値のあることだと思います。

でも、地域はそういうの閉鎖的で、受け入れへんから衰退していくんだと思います。ほんと、若者が未来の最大の資産っていうのをアピールしていくべき。

 

今回の取り組みに関しても、渡邊くんが篠山市役所に行って提案したけどあんまり進まへんかった。それも残念やなって思って。もっとこう背中を押してあげるくらいの余裕がないとね。

今回の実績をきっかけに、ステップアップして行ったらいいのかな。

地方創生にありがちな「外の人が何言ってるんだ」にならないために。

Q. 最後に、今後「地方創生」という社会課題を解決していく上でのアドバイスをいただけますか。

本多様:

地域によって課題は違うので、まず調べたり聞いたりすること。いきなりやるのは難しいので、僕らみたいな地域に根ざした企業に声かけてもらって、そこから繋げてもらえればやりやすいんじゃないかと思います。誰でもウェルカムみたいな人を見つける。その人にやりたいことを伝えて、課題をそこの人から聞いたり、その人通して聞いてみたりする。それで自分たちに何ができるかを考えるプロセスが大事だと思う。

ありがちなのは地域課題ってこういうことがあると思うって机上の空論を決めつけて持っていくこと。課題はあるけど、実際はこういう事情があるからってギャップが生まれて、外の人が何言ってるんやってなりがち。地域に溶け込むには「地域を知るウェルカムな人に聞く」。人との繋がりを築いていくことが大事かなと思います。

 

【地方創生×海外インターンシップ 詳細はこちら!】

小さな壁を乗り越えることで変わり始めた自分の価値観【海外インターン体験記】【マレーシア】【連載1】明治大学 大橋彩香

こんにちは!

マレーシアで、ミャンマーからきた難民の子供たちに教育を行うという海外インターンシッププログラムに参加している、明治大学経営学部2年の大橋彩香です。

 

皆さんは、海外インターンシップでの生活をイメージしたことはありますか?

 

私にとって、今回が初めての海外渡航であり、もちろん海外インターンシップに参加することも初めてです。

今日は、私が海外インターンシップの生活の中で感じた、自分の価値観の変化についてお話しします。

 

「失敗することは良くない」

マレーシアに来て2週間が過ぎ、自分にとって変わり始めていると感じる価値観。

それは、「失敗することは良くない」という自分の価値観です。

今までの私は、自分が失敗しそう、できないと感じることには、自分から踏み出すことができませんでした。

しかし、今まで自分にとって大きな壁であったこの価値観が、マレーシアに来て変わりつつあります。

出国時に見送りに来てくれた後輩たちとの写真

「言語」という壁を越えること

海外インターンシップに参加すると決めたはいいものの、私にとって言語は1つの壁でした。

私は、英語を話すこと、聞くことがそれほど得意ではなく、日本にいるときから不安で仕方なかったです。

 

「上手に英語を話せなかったらどうしよう」

 

そんな妄想が頭の中をぐるぐる回りました。

言語の壁を越えるということは、私にとって1つの挑戦でした。

 

異国の地で、15カ国近くの国から来た人たちとの共同生活

私が参加している海外インターンシップには、15カ国近くの国から集まった、約30人の同世代の人たちが参加しています。

香港から来たインターン生の誕生日を皆でお祝いした時の様子

当初の不安とは裏腹に、マレーシアに来てからは、その中でもがきながらも、英語を使ってきちんとコミュニケーションをとることができています。

自分の中でこのような変化が生まれ始めている理由として、大きく2つの理由があります。

 

壁を越えなければコミュニケーションは始まらない

1つ目は、英語を話すことができないと何もできない環境であることです。

 

他のインターンシップ生や、マレーシアにいる現地の人たちとの共通言語は、英語しかありません。

英語を話すことを積極的に頑張らなければ、自分は埋もれてしまいます。

私にとっては言語が壁の1つだったけれど、この壁を越えなければコミュニケーションをとることはできません。

その上、純粋に他の国の人たちとのコミュニケーションをとることで新たな発見がたくさんあります。

だからこそ、自分にとって障壁であった英語を頑張って話そうと、日々励んでいます。

 

恐れる必要はない

2つ目は、失敗を恐れる必要がない環境にいることです。

 

私は、失敗することが怖いことだと思っていました。

しかし、その必要は全くないということに気づきました。

ここマレーシアは多民族国家で、マレー人、インド人、中国人の3民族が主流です。

そのため、英語を母語として話す人はほとんどいません。

それに加えて、他の国から参加している30人近くの海外インターンシップ生も、アジアやヨーロッパ出身の人が多く、母語は英語ではない人がほとんどです。

失敗しても、「気にしないで」と言ってくれる人たちがいます。

このような環境だからこそ、私は失敗を恐れずに挑戦できます。

プトラジャヤにあるモスク、Masjid Besi

小さな壁を乗り越えること

私は今、日々たくさんの小さな壁を感じています。

しかし、これらの小さな壁を少しずつ乗り越えることで、気づくこと、学ぶことがたくさんあります。

 

様々な壁を乗り越えながら、残りのインターンシップも頑張っていきたいです。

 

次回の連載では、私が参加している海外インターンシップの内容についてお話ししたいと思います。お楽しみに!

 

ミャンマーって、どんな国?到着から4日間で味わったミャンマー文化。【海外インターン体験記】【連載1】慶應義塾大学 大家奈穂

ミンガラーバー!(こんにちは!)

ミャンマーの若者たちを啓発すべく、現地の大学などでワークショップを行う海外インターンシップに参加中の慶應義塾大学1年 大家奈穂です。

 

皆さん、ミャンマーってどんな国か、知っていますか?

今回はミャンマーの食事と服装、そしてミャンマーで私が驚いたことについてお伝えします!

ミャンマーの人って、何を食べているの?

ミャンマーに到着して4日目になりましたが、未だにほとんど「ミャンマー料理」を食べる機会がありません。(泣)

日本人が日本食ばかり食べている訳ではないのと同じで、ミャンマー人も普段からミャンマー料理ばかり食べている訳ではないようです…。

 

”OISHII SUSHI”という絶対美味しくなさそうなお寿司屋さん

その代わり、お寿司屋さんに行ってきました。

その名も”OISHII SUSHI”!

いやいや絶対に美味しくないでしょ…と身構えて入ったのですが、これが意外にも日本で食べるお寿司とほとんど変わらない味でした。

本当に美味しかった”OISHII SUSHI”

 

唯一食べたミャンマー料理のサラダ

ミャンマーに来てから今までに食べた唯一のミャンマー料理。

それは、トマト、ピーナッツ、にんにくなどが入ったミャンマーのサラダです。

日本のサラダとは全く異なるものですが、食感が良く、塩味もそれほど濃くないので、日本人にとっても食べやすいと思います。

唯一食べることができたミャンマー料理のサラダ。

“OISHII SUSHI”以外にも、一風堂や王将など日本にあるお店も多いので、ミャンマーで食べる日本食を楽しみつつ、ミャンマー料理を開拓して行きたいと思います!

 

ミャンマーの人がよく着ている「ロンジー」

ミャンマーを歩いていて、一番目につくのはロンジーという伝統的な衣装です。

アウン=サン=スーチーさんが着ていたことでご存知の方も多いかもしれません。

くるぶしまである巻きスカートのようなものです。

私はまだロンジーを履いたことはありません。

ミャンマーに住んでいて、仕事の時にロンジーを履いているアメリカ人のMichelさんによると、ロンジーはただ巻いているだけなので「はだけてしまいそうで心配」だそうです。(笑)

 

ジーパンやスパッツのようなズボンを履いている人もたくさんいます。

ミャンマーに渡航する前に「みんなロンジーを履いてるよ!」と聞かされていた私からすると、これが少し意外でした。

短パンを履いている人もちらほら見かけ、ロンジーのような伝統的な衣装はだんだんと着る人が少なくなってきているのかな…という印象を受けましたが、今でも大学ではロンジーを履く、という規則があるそうです。

道路を渡ろうとしている人々の様子。多くの人がロンジーというスカートのように長い布を巻いている。

ロンジーを履かないと、パゴダに入れない?

また、ミャンマー各地にあるパゴダ(仏塔)では、ロンジーまたは長ズボンを履き、靴を脱がないと入れない、という規則があります。

シュエダゴォン・パゴタの様子。ロンジーか長ズボンを履いて、靴を脱がないと入れない。

 

私が驚いたミャンマー人の習慣①「吐血…?!」

ミャンマーで道を歩いていると、必ず唾を吐いている人を見かけます。

彼らは歩行中でも運転中でもどこでも唾を吐きます。

そして道を見てみると、至る所に赤い血のような跡が。

最初は吐血かと思い、非常に焦りましたが、これは噛みタバコのせいで赤くなる唾を吐いているだけなのだそう。

噛みタバコを噛む理由を聞いてみると、「エネルギー補給になるから」だそうです。

道路の至る所にある赤い跡。その正体は、噛みタバコのせいで赤くなる唾。

私が驚いたミャンマー人の習慣②「サービスの肉まん?」

私が住んでいるアパートの近くの地元のレストランに行った時のことです。

お店の人がとても優しく、英語をよく話せる訳ではありませんでしたが私たちの横を通る度にニコニコ私たちに笑いかけてくれていました。

そんな彼女が、私たちは頼んでいないのに肉まんを持って来てくれたのです…!

ミャンマーの人は本当にサービス精神旺盛だなあ、と思いながら美味しく肉まんをいただきました。

レストランで笑顔な店員さんにサービスされた肉まん。

突き出しを食べたら、その代金を払うのがミャンマー文化

ところが!

お会計の時、私が支払うはずだった400チャットではなく、600チャットを請求されたのです…!

話を聞いてみると、200チャットは肉まん代のよう。

少し不満な私でしたが、美味しくいただいた肉まんはもう私のお腹の中に収まってしまっています。

渋々600チャットを支払いました。

 

後から友人に聞いたところでは、ミャンマーではご飯の前に突き出しのようなものを出してくれるそうで、それを食べた人はその代金を支払う、というシステムのようです…。

一つミャンマーに関する知識が増えました。

 

ミャンマーの最大の魅力は、「人」にある。

いかがでしたか?

ここまで、私が感じたミャンマーについて書いて来ましたが、4日間ミャンマーで過ごしてみて、ミャンマーの最大の魅力は「人」にあると感じています。

 

次の連載からは、その「人」についても触れていきたいと思いますので、お楽しみに!

 

 

目標達成の体験を伝えに、カンボジアへ! 【海外インターン体験記】【連載1】明治大学2年 花本夏貴

初めまして。明治大学2年の花本夏貴です。

2017年7月30日から6週間、アイセックのインターンシップを利用し、カンボジアで現地の子供達に英語教育、SDGsのワークショップ、運動会を行います。

出国して2日が経ちました。

今回は、僕がなぜインターンシップに参加しようと思ったかについて書かせていただきます。

そもそもの話になるのですが、僕自身、小中高10年間、野球をしていました。

自分の中で最も印象的だったのが中学時代です。

所属していたクラブでは県内ではほぼ無敵でしたが全国大会には出場したことがありませんでした。

そんな中、クラブ史上成し得たことない「全国制覇」という大きな目標を掲げ、日々練習していました。

その際、学年・ベンチ内外関わらず1つの目標に全員で向かっている様子が今でも思い出されます。

最終的には全国制覇まであと1歩の「2位」という結果に終わってしまいましたが、この経験が今でも自分の人生の糧になっています。

高校でも野球は続けていたものの、チームの状況などから中学時代のような大きな目標を見失ってしまい、半ば腐りながら高校野球を続けていました。

改めて振り返ってみると「目標達成」の重要さに気付かされます。

 

目標のないつまらない人生を過ごして欲しくない、その目標達成の原体験をスポーツを通じて提供したい、そんな思いからアイセックに入会し、今回のインターンシップ参加となりました。

 

カンボジアに興味を持ったのは、自分が浪人していた時です。

世界史の先生がカンボジアの「ポルポト政権」で知識人がいなくなったこと、知り合いの方でマラソンシューズを現地の子供たちに送っている方がいる、というお話をされました。

それ以降、カンボジアという国について興味を持ち、自分でカンボジアの子供たちに何かしたいという思いも芽生えました。

現地プノンペンの孤児院にいた子供たち

カンボジア渡航前に、担当マネージャーの飛矢智希(一橋大学3年)さんと、今回の海外インターンシップを通して何を成したいかを一緒にお話しました。

飛矢さんも2年前にアイセックの海外インターンに参加し、それ以降も定期的に現地で運動会を開催されています。

現地で経験されたことなどを詳しくお話してくださり、今回初の海外長期滞在となる自分にとって、非常に心強い存在でした。

また、愛知県の中学校で、生徒と運動会の種目を一緒に考えたり、アイセックのEIPというプログラムを利用し、「自分の中での教育とは何なのか」を再定義しました。

担当マネージャーの飛矢智希さん(写真右)。

現地の小学生は、小学校の就学率は高いものの、依然ドロップアウト率が高くなっています。

就学率が93%なのに対して、卒業する生徒は50%前後です。

ドロップアウトする理由の一つに「学校が楽しくない」ということがあります。

まず、子ども達にとって学校が楽しい所であることを、英語教育やスポーツ教育を通じて教えていけたらなと思います。

楽しくするための手段の1つとして運動会を開催するので、そこでスポーツの楽しさや生徒全員で目標達成する楽しさを共有できたらなと思います!

EIPのTeach For Japan監修の渡航前研修合宿#2の様子

 

 

【花本夏貴さんの参加したEducation Innovator Programmeの詳細はこちら!】

 

ラクダ乗りのマダン【おかりな、インド人に密着してみたvol.2】【海外インターン体験記】慶應義塾大学 長岡里奈

SFCを休学し、インドにて5ヶ月間の海外インターンシップに挑戦中のおかりなです。

【おかりな、インド人に密着してみた】の連載では、「インド人に密着」することで、インクレディブルなインド人の知られざる一面を発信していきます!

今回は、インドでよく見る、「アレ」に密着して見ました!

インドには「牛がたくさんいる」イメージがありますが、実は、牛だけではなく様々な動物がいます。

野生の犬、ヤギ、ブタもいれば、馬、ゾウ、ラクダが人や重い荷物を運んでいることもあります。

インドに野生動物が多いのは、インド人の動物愛護の表れでもあるんです。

ヒンドゥー教徒にとって牛は神聖な動物ですから、牛は大事に扱われますが、その他の動物もとても大切にします。

道に犬やヤギがいたら、食べ物を与えてあげたり、牛が道路で道を塞いでいても、動くまで待ってあげたりと、動物に優しくすることはインド人の生活の一部となっているように感じます。

さらに驚いたのが、あるイエメン人のお話です。

彼はインドで生活して3年目になるのですが、ある日車を運転中、誤って牛にぶつかってしまいました。

すると途端に周りのインド人たちが押し寄せてきて、彼を「私たちの大事な牛を傷つけた」と非難し、瞬く間に車から追い出し、とうとう車を奪ってしまったのだそう。

神聖な牛に対するインド人の真剣さがよくわかる事例です。

そんな動物愛護の国、インドのラクダに密着してみました。

家の前で草を食べるヤギ

ある日のこと。

家の近くをぶらぶらと散歩していると、向かいからラクダが歩いてきました。

後ろには大きな荷台に砂のようなものとおじさんを載せています。

この砂はなんだ!?どこに向かっているんだ!?とラクダをガン見していたら、おじさんが「のる?」と声をかけてくれました。

その優しさに言葉に甘えて荷台に乗せてもらい、おじさんの目的地について行くことにしました。

おじさんの名前はマダンさん。

運んでいるのは砂ではなくてセメントだそうで、セメント運搬の仕事で5人の妻子を養っています。

今日は、リフォーム中の一軒家がお客さん。

ラクダに揺られて10分ほどで、一軒家に到着しました。

家の前のスペースにセメントを全ておろします。

私も手伝おうとしましたが、あまりにも重かったため、断念。

彼は小柄ですが、重いセメントを軽々とおろす力持ちでした。

ラクダに快く乗せてくれたマダンさん

セメントを下ろすのをみていると、家の中から家主が出てきて、なんと見知らぬ他人の私をお家に招いてくれました。

「暑いでしょう」と、ピンク色の甘い飲み物(Rooh Afza)を出してくれ、二人の息子がいることや、息子は医学部に通っていることなどを、嬉しそうに話してくれました。

インドで生活していると、このように家に招いてもてなしてくれる人にたくさん巡り会えます。インド人の優しさに感動するばかりです。

おもてなしの心に溢れた家主の奥さん

さて、マダンさんがセメントを下ろし終わり、家に帰る途中までラクダで送ってくれることに。

道中彼は、道端の小さなお店で葉っぱで巻かれたタバコを買い、私にも一つくれました。

葉っぱで作られたタバコは、日本でよく見るタイプのタバコに比べて安く、多くのお店で取り扱っています。

私も一つ試しましたが、むせてしまい、美味しくはなかったです。

彼のことをもっと知りたかったのですが、私のヒンディー語があまりにも乏しく、断念しました。

後日彼と連絡を取ろうと連絡先を聞いたのですが、彼は携帯電話も持っておらず、ではセメント運びの仕事はどのように受注するのか、お給料はどのくらいもらっているのかなど、謎が深まるばかりでした。

後日突き止めて、記事にしようと思います。

葉っぱで巻かれたタバコ

 

【長岡里奈さんの参加したビジネスインターンシップの詳細はこちら!】

 

手作りアイス売りのガネーシャ【おかりな、インド人に密着してみたvol.1】【海外インターン体験記】慶應義塾大学 長岡里奈

SFCを休学し、インドにて5ヶ月間マーケティングリサーチのインターンシップに挑戦中のおかりなです。

今回から始まる【おかりな、インド人に密着してみた】シリーズの連載では、インド人に密着することで、インクレディブルなインド人の知られざる一面を発信していきます!

 

今回は、インドでよく見る、「アレ」に密着して見ました!

何と言っても暑いインド。

特に5月から6月にかけて、猛暑が続き、気温は最高50度になることも。

そんなあっつーいインドで暮らす上で欠かせないのが、やっぱりアイスです。

インドでは、アイスを売っているお店はもちろん、ワゴンにアイスを乗せてゴロゴロ運びながら売る人もいます。

多くはユニリーバなどのメーカーの既製品のアイスを売っていますが、中には手作りのアイスバーを売っている人もいます。

今回は、そんな手作りアイスを売っているインド人ガネーシャに密着しました!

手作りアイス売りのガネーシャ

彼との出会いは、土曜の昼下がりでした。私はあまりの暑さに近所のお店にアイスを買いに行って、それを食べながら家に帰っているところでした。

すると、目の前に木製の屋根付きのリヤカーのような、みたことのない屋台があったので、近づいてみると、手作りアイスのお店だったのです。

食い意地の張った私はすでに右手に既製品のユニリーバのアイスを持っていたにも拘らず、ついついその手作りアイスも買ってしまいました。

このアイスはクルフィーと言われるのだそう。

食べてみると、ミルクベースの優しい味わいです。

・・・とは言ったものの、私にとってはあまり美味しい〜また食べたい!と思えるような味ではありませんでした(笑)

そこで、「こんなものが一体売れるのか?」「このおじさんはもっと良い稼ぎ方があるのではないか?」というギモンを解消すべく、おじさんに密着して一緒にアイスを売ってみることにしました!

時折「カランカランカラン」と鐘を鳴らしながら、住宅街を練り歩くおじさん。実は彼、ガネーシャという名前なのだそう。

ガネーシャといえば、水野敬也さんの著書「夢を叶えるゾウ」シリーズの主人公としても有名な、インドの神様の一人です。顔はゾウというキュートな見た目からは想像がつきませんが、シヴァ神の息子でありながら、彼に頭を切り落とされ、その後ゾウの頭をくっつけられたという壮絶な過去のある神様。

おじさんはそんな神様と同じ名前なのだからびっくりしますよね。でも実は、インドでは神様の名前をつけるのは普通のことのようで、今まで「ラクシュミ」さんや「クリシュナ」さんなど、様々な神様の名前をもつインド人に会いました。

炎天下のアイス売りは重労働。1時間ほどで1Lの水を飲み干してしまうくらい、汗まみれになります。

鐘を鳴らしながら歩いたり、木陰で一休みすること10分。

なかなかアイスを買いに来る人が少ない。

なのに、ガネーシャは人に声をかけて押し売りしようとはせず、穏やかな表情を浮かべていました。

「やっぱりこんなアイス誰も買わないんじゃないか。。。」と思い始めた私は、「お兄ちゃん!ちょっとアイスひとつ買ってかない?」と、道ゆく人に声をかけてみました。

すると、驚いたことに「あ、僕、デイリーカスタマーなんだ。さっき買ったよ。」という返事が。

すぐに明らかになったのですが、この住宅街にはガネーシャのデイリーカスタマーがたくさんいて、ガネーシャの鐘を合図にお家から出て来るのです。

中には、二階から降りて来るのが面倒臭いのか、ベランダからロープでバケツを垂らして、その中の代金と引き換えにアイスを入れる、というツワモノもいました。

30分ほど経った頃には、ガネーシャのアイスのストックはなくなりそうに。

すると今度は、大きな容器に入ったアイスの素となる液体を、アイスの型に注いで、氷水の中に入れます。

20分ほどで、ガネーシャアイスの出来上がり。

アイスは3つのサイズに分かれていて、それぞれ5ルピー、10ルピー、20ルピー。

ほとんどの人は10ルピーのアイスを買いますが、中には20ルピーのアイスを10本買い占めるお母さんもいました。

 

一日どのくらい売れるのか聞いてみたところ、だいたい100本ほど売れるのだそう。

概算すると1000ルピーで、仮に毎日売ったとすれば30,000ルピー稼ぐことになります。

インドでは、大学卒業後新卒のお給料が月20,000ルピーほどと言われているので、教育を受けていない人の中では、収入は良いといえます。

しかし、炎天下の中重い荷台を運びながら毎日働かなければならないことや、体力勝負の仕事であるため、事故や病気、または老化によって、仕事を続けることが困難になりやすいことを考えると、なかなか厳しいお仕事です。

始終、穏やかな表情を浮かべながら鐘の鳴らし方や屋台の押し方(方向転換するのがとても難しい!)など、様々なことを教えてくれたガネーシャ。 妻と二人の娘を養うために、毎日一生懸命働くお父さんの姿は、とても偉大でした。

 

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インド人にとってはこれが普通! インド企業で働いてびっくりしたこと8選<第一弾>【海外インターン体験記】【連載3】慶應義塾大学 長岡里奈

ナマステ!

SFCを休学し、インドのマーケティングリサーチ会社で5ヶ月間の海外インターンシップを行っている、おかりなです。

今回は、インドの会社で働いてみてびっくりした、インド人の常識について書きます。

【びっくり①】バイク通勤が当たり前

インドなどの発展途上国ではバイクがとても人気。

小柄な女性でも、大量の車とバイクと牛がひしめきあうカオスな道路を、原付で果敢にスイスイとすり抜ける様子は、みていてドキドキハラハラします。

当然、事故はよく起こっており、車とバイクが衝突したり、バイクのタイヤで通行人の足を踏んでしまっている現場を目にしたのは、一度や二度じゃありません。

ホンダのバイクが人気ですが、中にはこんな可愛らしいバイクも。

【びっくり②】クライアントとのミーティングの5分前出勤

「インディアンタイム」として有名な、インド人の時間に対するルーズさ。

クライアントとのミーティングの5分前にオフィスに到着するので、待っているこちらがハラハラしてしまいます。

インターン先は他国のクライアントを相手にしているので、そこまで大きな遅刻はありませんが、やはりインド人の時間へのルーズさを感じさせます。

【びっくり③】出勤したらまず神様にお祈り

クライアントとのミーディング5分前であろうと、信仰心の強いインド人上司は神様へのお祈りは欠かせません。

しっかりと手を合わせて神棚に向かってお祈りの言葉を早口で唱えてから、仕事に取り掛かります。

少し急ぎながらもお祈りは欠かしたくない、というインド人の姿勢に愛着が湧きました。

【びっくり④】仕事のお供はやっぱりチャイor紅茶

紅茶の産地として有名なインド。

やっぱりお仕事中に飲むのは、ストレートの紅茶か、たっぷりのミルクが入ったチャイ。

オフィスにはチャイ用のマシーンがあり、いつでもチャイを飲みます。

インドではチャイは親指1本分くらいの高さの小さな紙コップでちょっぴり飲むことが多いです。

水筒に入ったチャイを、小さな紙コップで飲みます。

【びっくり⑤】お昼ご飯は2:30ごろ

インド人のお昼ご飯はとても遅く、2:30ごろにスタートします。

奥さんやお母さん、もしくはメイドさんが作ってくれたお弁当を広げて、みんなでワイワイ食べるのがインド流です。

私は会社の近くの屋台にて30ルピーのお弁当を買っています。

このように目の前で生地を焼いてくれます。豆のカレーもついて30ルピー。

【びっくり⑥】停電やwifiの不調は日常茶飯事

オフィスでも家でも、停電は日常茶飯事。

真っ暗な中で仕事をすることもあれば、クライアントとのオンラインミーティング直前にwifiが繋がらなくなるというハプニングもしばしば。

【びっくり⑦】セキュリティのためスマホは入り口の引き出しの中へ

オフィス入り口のガードマンさんの机の引き出しに、スマホを入れてから自分のデスクに向かいます。

これは私のインターン先が調査会社であり、社内の情報管理を徹底しているからであって、すべてのインド企業に当てはまる特徴というわけではありません。

なんだか学校みたいで驚きました。

引き出しの中のスマホ。

【びっくり⑧】弟の結婚式に社員を招いてくれる

日本では、呼ぶ人は慎重に選びますよね。

でも、インドでは誰彼構わず招待します。

3ヶ月で4回結婚式に招待されたのですが、直接あったこともない弟さんの結婚式に招待してくれた社員さんがなんと二人もいて、インド人のオープンさと、結婚式の多さにびっくりしました。

結婚式の模様は後日別の記事で報告しますね!

 

いかがでしたか?

私たち日本人にとっては奇想天外なインドですが、インド人にとってはこれが当たり前。

「当たり前」とは一体なんなのか、見つめ直すのも、いいかもしれませんね。

 

 

 

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約束と違う!?海外インターンの仕事内容を巡るインド人との仁義なき戦い
【海外インターン体験記】【連載2】慶應義塾大学 長岡里奈

ナマステ!

SFCを休学し、インドのマーケティングリサーチ会社で5ヶ月間の海外インターンシップを行っている、おかりなです。

「口が達者」「議論・交渉がうまい」ことで有名(?)なインド人。

海外インターン開始早々、私も仕事内容を巡ってインド人と戦うことになりました。

今回は、インターン開始から1ヶ月の模様をお伝えします!

インターン初日。

これから5ヶ月間通うのはどんなオフィスだろう、一緒に働く同僚はどんな人かな、と、期待に胸を膨らませて出社しました。

人事の人から簡単な説明を受け、秘密保持の契約書にサインして、自分のデスクに移動。

「上司のサクシ(仮名)が後1時間くらいでくるから、待ってて」と言われ、待つこと1時間。

インド人に最長3時間待たされた経験のある私は、時間通りに現れたサクシに感動すら覚えました。

しかし、それも束の間。

サクシ曰く、「今日から2週間は私が研修を担当するけど、忙しいから5時まで待ってて」というのです。

そこで、既に働いている中国人インターン生に業務内容に関する資料を貰って読んだり、みんなが働いている様子を観察していたのですが。。。

・・・あれ?これって完全にマーケティングリサーチとは関係ない、特許技術特許調調査事業の営業じゃん!と気付いてしまったのです。

有給で働いている以上、企業側の事業に合わせることは不可欠であり、日本人インターン生には必然的に日本企業への営業が期待されることは、渡印前から理解していました。

そのため、面接にて「インターン内容は、日本企業への営業半分、マーケティングリサーチ半分」「インド市場のマーケティングリサーチをやらせてほしい」と交渉し、先方も同意してくれていたと思っていたのですが、まさか、マーケティングリサーチ以外のサービスを日本に営業することになるとは、予想していませんでした。

インターン生の仲間との一枚

「業務内容の半分は営業でも構わないと伝えていたし」「この業務も面白そうだ」と思った私は、とりあえず1ヶ月間、知的財産・技術調査サービスの日本法人営業をやってみることに。

まずは自社のサービスを理解するために、知的財産法に関する文献や自社が過去に納品したレポートを読み込みます。

もちろん全て英語だったため、わからない専門用語が多く、Google翻訳とにらめっこしながら知識を詰め込みました。

上司のサクシはとても面倒見が良く、頭の回転が早く、営業成績も良いいわゆる「デキる女」で、特にクライアントとのミーティングでは、対応の仕方から学ぶことが多かったです。

彼女は入社5年目ですが、インド企業は人の出入りが激しいため、彼女が最も古株で、部長として部を引っ張っています。

業務を通して、様々なことを学びましたが、特に日本企業がよくも悪くも他国の企業とレベルがかけ離れていることが印象的でした。

様々な企業に営業をしているのですが、日本企業の英語力の欠如や、新しいことへの敷居が高いという風土を肌で感じます。

日本以外のクライアントとは、英語でディスカッションが可能であるのに対して、日本企業相手である場合、私が日本語に通訳する必要があったり、他国、特に欧米の企業は、新規の営業やテレビ電話など新しいものを二つ返事で快諾するのに対して、日本企業は古くから慣れ親しんだものしか使わないという姿勢の場合が多いです。

しかし同時に、それでもなお日本企業が世界を相手に戦えているのには理由があるということも、実感しました。

例えば、日本企業の同業者同士のネットワークが強固な上に、ジェトロなど企業をサポートするシステムも整っているため、英語力が欠如していたり新しいものを拒んでいても、必要な情報を手に入れることができます。

また、日本企業の多くが、一つ一つの事柄に対するチェックが厳重で、社内の人間や他のクライアントが今まで気づかなかった問題点を指摘されたこともありました。

オフィスのエレベーター横でくつろぐ野良犬が毎朝お出迎えしてくれます。

1ヶ月、日本法人営業を続けている間、日本とインドのアイセック担当者に、仕事内容が約束と違うことを相談しました。

すると、日本もインドも、スピーディーに対応してくれ、インターン先の社長と人事担当者に話をしてくれました。

自分自身も、CEOとCOOに対して話し合う時間が欲しいと訴えていましたが、海外出張など多忙を言い訳に先延ばしになっていました。

私だけではなく長期的な利害関係のある第三者からも訴えることによって、1ヶ月後に話し合いの機会を設けることができるようになりました。

 

そして、CEO、COOとの話し合いの当日。

話し合いは予想外に穏やかに始まりました。

実はCEOとCOOは夫婦で、COOは日本語に興味をもち、数年間日本語を勉強していたのだそう。

私の仕事用ノートをパラパラとみて、日本語を読んでみたりと、お茶目な一面を見せるCOOを横目に、CEOは「日本語学校にたくさんのお金を費やしたのに、ほとんど忘れちゃってるからね」と冗談っぽく笑っていました。

そんなアイスブレイクの達人ですが、議論となると、とても戦略的。

私が「マーケティングリサーチができると約束されたからこの会社に来た。できないのであれば辞める。」と申し出ると、丁寧に謝った上で、「マーケティングリサーチ担当の部署と兼任できるよう手配する」と約束してくれました。

あまりにも早い解決にびっくり。

しかし、それだけでは終わりませんでした。

ご機嫌になった私に対して、CEOはさらに、日本人正社員のリクルーティングや、家族の勤めている会社を紹介するなど、様々な業務を依頼して来ました。

まさに、ギブ・アンド・テイクテイクテイク!といったところです。

(実際にはギブではなくて約束を果しただけなのにも拘らず、です。)

同僚と肩を並べて仕事をする私。

やっと、私のしたかったマーケティングリサーチをすることができるようになり、一安心。

相手に対してメリットを提示しつつ、自分も最大限利益を得ようとする。

そんな、貪欲なインド人ビジネスマンの一面が見られました。

 

これから、また新しい業務内容で、新しいことをどんどん吸収していきたいと思います!

 

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【アイセック】【海外インターン】SFCを休学してインドで挑戦する理由【連載1】慶應義塾大学 長岡里奈

私がSFCを休学してまでアイセックの海外インターンシップで挑戦する理由

ナマステ!インド・ジャイプールのマーケティングリサーチ会社で5ヶ月間の海外インターンシップを行っている慶應義塾大学総合政策学部4年の長岡里奈です。

今日は、なぜ私がインドでの海外インターンシップを始めることにしたのか、お話したいと思います。

そもそも、海外インターンシップとは

インターンシップとは就労体験のことで、企業やNGO、教育機関などで一定期間働くことを言います。

私はインドのラジャスタン州ジャイプールという場所にある、リサーチ会社で5ヶ月間働いています。

基本的には、他の正社員の方々と同じ仕事や、日本人しかできない仕事(日本人が私一人であるため)を任されることが多いです。

私は現地の新卒社員よりも高い給料をいただいているので、ボランティアとは違った緊張感の中働いています。

滞在するのは、ピンクシティとも呼ばれるジャイプール。写真の風の宮殿などといった世界遺産もある、観光地です。

私がインドで長期のビジネス海外インターンシップを選んだ理由

私は5ヶ月間インドでインターンする理由は3つあります。

  • インド人と協働して成果を出せるようになる
  • インド市場のマーケティングリサーチの基本を学ぶ
  • フィールドワークを通して貧困層に本当に必要なことを見つけて、実践する

この3つを目標に、渡航を決めました。

 

実は、今回の渡印は私にとって3回目です。

2年前の大学2年生の夏に初めてインドを訪れた時、インドに恋してしまいました。

めまぐるしい経済成長やボリウッドに代表される明るくて楽しい面はもちろん、時間にルーズで平気で嘘をつく人が多いところや、広がり続ける貧富の差など嫌な面も全部ひっくるめて、魅力的に感じたのです。

その経験をきっかけに、将来は絶対に大好きなインドで貧困問題を解決する人になるんだ!と強く思いました。

(初めてのインドで書いた記事もあるので、気になる方は是非読んでみてくださいね。)

 

それからというもの、インドを訪れた時はいわゆる貧困層と呼ばれる人たちやNGOの職員さんと話したり、日本に帰国してからも途上国開発や貧困問題解決の本を読んだりと自分なりに行動していきました。

その結果、自分がインドに対して抱える問題意識や、今行われている途上国開発の中には、「先進国的価値観に基づいた、単なる押し付け」が多いのではと思うようになりました。

そこで、「現地で本当に必要とされていることは何なのか」を知りたいと思ったのです。

何かを知るには、実際に飛びこんで一次情報をみることが一番と思ったことと、マーケティングリサーチという確立されたビジネスのアプローチが効果的だと思ったため、マーケティングリサーチを実践的に学ぼうと思っています。

 

また、将来インドで活動するのであれば、インド人と働くことは不可欠です。

今まで散々インド人の不可解な行動に振り回されてきたので、インド人をもっと理解し、一緒に働いても日本人と働いている時と同様に成果が出せるようになるためには、実際に長期間インド人と働いてみる必要があると考えています。

2年前のボランティア中、現地のNGOで子供達と

大学生のうちに休学してまでやりたいことに挑戦するメリット

大半の大学生は、4年間で大学を卒業することを選んでいます。

そんな中で、なぜ私が休学を選んだか。

たいそうな理由はありません。

 

「今したいこと、今しかできないことを、全力でやりたいから。」

 

人間誰しもそうだと思いますが、私は完全に感情をエネルギーにして動く人間です。

好きなことだったら辛くても頑張れるし、嫌なことや悔しいことがあったらそれを変えるための努力をするパワーが湧き出てきますよね。

でも、その「感情」って、時間が経つとともに薄れてきてしまうと思うんです。

「鉄は熱いうちに打て」という諺もあるように、今の感情をエネルギーに変えて行動する。

そうすれば、振り返った時に、目標を達成していたり、成長していることに気づくと思うので、今年休学することを決めました。

 

インドは予想外なことが多いので、どうなるか不安なこともありますが、5ヶ月間、頑張っていきたいと思います!

インドの奇想天外な面もどんどんみなさんに発信していきたいと思っているので、是非楽しみにしていてください。

 

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フィンランドの難民センターでの海外インターンシップを通して感じた1番大きな学び【海外インターン体験記】【連載3】明治大学 石井麻鈴

フィンランドからこんにちは。

フィンランドのタンペレ市にある難民センターで英語を教える海外インターンシップに参加している明治大学2年の石井麻鈴です。

今回は、私がこのインターンを通じて一番強く感じたことをお伝えします。

タンペレの高校生に日本についてのプレゼンをする私

いざ現地に来てリアルな実態に触れると、難民の生活する状況は何不自由ない一方で、1人1人の難民の方々は将来に対する大きな不安を抱えていました。

信仰する宗教や職業がきっかけで迫害されてしまったり、徴兵を恐れて、生まれ育った母国を愛する家族を残したまま離れなければならなかった人たちが難民です。

この先どう暮らしていくのか。

仕事もない、パスポートもない。

難民センターで一生暮らすことは誰も望んでいません。

そんな彼らに日本から来た女子大生ができることとは何なのか。

英語の授業で日本文化について紹介したりしましたが、何か表面的な気がしていました。

彼らの何の役に立つのだろう。

仕事に就けるようにサポートするほうがよっぽどいいのではないか。

しかし、そうしたサポートは、フィンランドの法整備や社会システムへの理解が乏しい私にはできないことでした。

私のできることなんて、何もないのではないか。

毎日難民センターに通い、帰宅後は授業を作る日々。

心の中では、自分の無力さに直面し、途方に暮れていました。

英語のクラスの様子

私は海外インターンシップ中に大きな壁にぶつかりました。

人と英語でコミュニケーションができなかったのです。

これは英語を聞き取るのが精一杯だったのと、自分の拙い英語を聞かれるのが嫌でしゃべらなくなることが原因でした。

日本だったらもっとオープンで、好奇心旺盛で笑顔な私。

まったくの別人でした。

すごくシャイで自分の思っていることを言葉にできないもどかしい毎日。

同僚に会うのも嫌で仕方ありませんでした。

何考えているのかわからないやつ…と思われているに違いないと思い込んでいました。

失敗を恐れる自分の性質がもろにでてしまいました。

当初この悩みを相談できる友人もフィンランドにおらず、毎日孤独でした。

アイセック・タンペレ委員会のみんな

3月24日、他の国から来ていたインターン生たちは、最後の出勤日を迎えました。

彼らは2月からインターンをしていたのに対し、私は3月からのスタートで期間がずれていたのです。

その日にアイセック・タンペレ委員会のメンバーも参加してインターンの振り返りを行いました。

そこで、私は初めて自分が今まで抱えていた悩みを告白しました。

それを聞いてくれた同僚たちが一言。

 

「Everyone knows you are shy. Nobody judges you. Do whatever you want.」

 

この言葉を聞いて途端、胸のつかえが取れた気がしました。

みんな私がシャイで口数が少ないことを知っていて、誰もあなたのことを悪く評価していないよと言ってくれたのです。

このとき、他人からの評価を気にしていたのは自分で、悪い評価だと決めつけていたのも自分だと気が付きました。

その日を境に私は変わりました。

毎日書いていたブログを英語で書くようにし、より多くの人に私の想いを伝えようとしました。

英語教室以外にも、早朝のkids clubにも通い、難民の子供たちのお世話もしました。

たくさんの人と交流するようになったのです。

そして、アイセック・タンペレ委員会のメンバーに自分の夢を語りました。

そんなオープンにはなれなかったですが、自分が伝えたい想いを言葉に、手紙にして伝えていきました。

タンペレ市民と難民との交流イベントにて

そうして迎えたインターンの終了日。

英語クラスの生徒たちが集まってきて、みんなありがとうと言ってくれました。

最後の英語の授業で箸の使い方を教えたり、イースターの時期だったので、卵型のチョコレートをプレゼントしたりして、団らんしました。

Kids clubの先生からは「献身的に勤めてくれてありがとう」とムーミンのカップをもらいました。

さようならの挨拶のとき、たくさんの子供たちにㇵグされました。

イラク難民の友達にイラク料理をごちそうしてもらいました。

タンペレを去るとき、朝4時のバスに乗って空港に向かったのですが、その時間にさよならを言いたいと寒い中バス停まで挨拶しにきてくれたアフガニスタン難民の人もいました。

海外インターン終了日、今まで会った人に囲まれて、温かく送り出してもらったこと、本当にうれしかったです。

人生で一番幸せな日になりました。

タンペレを去るバスの中、帰りたくないと一人で泣いていました。

難民問題を解決したい一心でフィンランドに来た私。

自分の弱さや無力さに苦しみ途方に暮れた日々。

でも、最後には私と出会った人はみんな笑っていて、「また来いよ!」と言ってくれました。

彼ら1人1人の心の中に、私は「記憶」という小さくて大きなインパクトを残せたのかなと思います。

フィンランド最後の休日。湖の畔にて。

アイセックの海外インターンシップは「社会課題の解決」を目標にしています。

「社会課題の解決」なんて大きすぎて、不可能に見えます。

しかし、1つの社会課題に立ち向かうプロセスを通じて、インターン生の心に確実に変化を与えてくれます。

私はそう断言できます。

 

このように、たくさんの人の心の変化を与えていくことで、社会は変わっていくんだと思います。

なぜなら、社会は人で構成されているから。

人が変われば社会は変わります。

社会課題も解決されます。

これが私がフィンランドでの海外インターンシップを通して感じた1番大きな学びです。

 

私はこれからも難民問題解決のために、進んでいきます。

 

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