イメージと全然違う!フィンランドの難民センターってどんなとこ?【海外インターン体験記】【連載2】明治大学 石井麻鈴

こんにちは。

フィンラインドのタンペレ市の難民センターで、英語を教えるインターンをしている明治大学2年の石井麻鈴です。

今回は、私のインターン内容についてお伝えします。

フィンランド第3の都市タンペレ。

古くから工業的に発展していて、静かで治安の良い街です。

センター街から20分歩き、針葉樹林に囲まれた丘のなかに300人もの難民が暮らす施設があります。

「モイ!」と挨拶をして玄関を抜け、階段を上がると、左手にメインオフィス。

その正面のコモンルームでは、ビリヤードを楽しむ若者、ケータイを片手にソファで団らんしている難民の人たちが見られます。

 

私の想像していた難民キャンプとは大違いでした。

ビリヤードボードに、部屋にはふかふかのベッド。

共用のキッチンにバスルーム。

かなり整っています。

政府から生活するのに困らないお金は支給されるので、経済的な問題はあまりないようです。

治安もよく、気候は寒いですが、快適に暮らしています。

この施設では、難民がフィンランドで暮らしていけるように、住民権やパスポート発行の支援をしています。

その申請の最中は政府からの返事を待つほか、難民たちがすることは基本的にありません。

ただ、生活していくのに言語の壁はあるので、フィンランド語や英語の勉強をします。

小学生から高校生は午前中の間、学校に通っていますが、午後はやることがありません。

生活に活力を見出してほしい。

その実現のためこの難民センターは地域の清掃の仕事やスポーツイベントなどたくさんのアクティビティを提供しています。

楽しそうに清掃する難民の方たち

私はそこで、大人の難民に英語を教えています。

週三回の英語教室で、日本文化紹介をし、ビンゴゲームを通してボキャブラリーを増やしています。

英語のレベルは様々。

まったく話せない人もいれば、流暢に日常会話は問題なくできる人たちまで。

そのため、英語クラスは、レベル別に教える内容を変えています。

初級クラスの人には、体の部位や感情表現をどう英語で表すのかなどを教え、上級クラスでは文化の紹介を通じて、異文化理解を深めます。

現地の高校でのプレゼンの様子

ただ、難しいのは英語のわからない人に英語で教えること。

お互い無言になり、伝わらなくてもどかしい瞬間が何度もあります。

教えたいけど、伝わらない。

彼らはわかりたいけど、わからない。

文法や単語の勉強をひたすらしても面白くありません。

試行錯誤の末、自分なりに楽しく英語が勉強できる方法を編み出しました。

日本の変な文化についてまとめた動画を鑑賞することです。

(以下が実際に使った動画の1つです。)

目でも耳でも楽しめ、英語に加えて日本文化についての理解を深められます。

評判も良く、私自身もフィンランドに来て日本への理解が深まりました。

灯台下暗し。

井の中の蛙大海を知らず。

内部にいると見えないことも、外部にでると客観的に物事を見直せます。

インターンに参加してよかったと実感する日々です。

 

【石井麻鈴さんが参加した、Global Volunteerプログラムの詳細はこちら!】

 

最先端の難民支援を学びに、フィンランドへ!【海外インターン体験記】【連載1】明治大学 石井麻鈴

こんにちは。

現在、フィンランドで海外インターンシップに参加している明治大学2年の石井麻鈴です。

タンペレ市の難民センターで英語を教えています。

今回は、私がなぜこの海外インターンシップに参加すると決断したのかについて書きたいと思います。

フィンランドでの難民運動の写真

私は大学に入学した年から本格的に社会問題に興味を持ち始めました。

きっかけは大学の授業です。

国連で働いている方々が毎回講演してくれる授業で、世界で起こっている社会問題への関心が高まりました。

その年の冬、その授業の延長で難民映画祭を見に行きました。

そのとき、私はひどく心を動かされました。

難民問題についてはニュースで聞いていましたが、こんなにも残酷だとは知らなかったのです。

映像に移る生々しい亡骸。

建物は砲撃で粉々に崩れています。

明日生き延びられるかもわからない中で国内避難民は生活をしていました。

これが同じ世界で起きている。

ひどく悲しくなりました。

知った以上、この人たちを無視できない。

私の正義感が奮い立ちました。

それから難民問題、紛争と平和、人道支援の領域の勉強を熱心にし始めました。

 

およそ1年後。

私の所属するアイセック明治大学委員会の送り出し事業局に難民問題解決のプロジェクトが生まれ、そのプロジェクトで海外インターンに行ってくれる学生を探していました。

私はすぐさま申し込みました。

私のやりたいことそのものだったからです。

日本にいる難民は600人ほど。

難民受け入れに関しての不寛容さはもちろん、難民が自分らしく暮らしていける仕組みは整っていません。

日本で多くの難民と直接交流し、問題解決への取り組みをするのは厳しい法的規制のため限界があります。

難民の方に直接会って、彼らが新たな土地で自分の人生を取り戻す手伝いをしたい。

ヨーロッパなら受け入れ数も受け入れ体制も日本より格段に整っています。

その土地で難民支援を学び取ろう、そう思ったのです。

インターン先のタンペレ市難民センター前

そして、今。

私はフィンランドの難民センターでボランティアをしています。

目に見える世界がすべて新しく、美しい景色も悲しい景色もあります。

滞在する6週間、自分の難民問題に対しての想いを強く持ち続け、挑戦していきます。

【石井麻鈴さんが参加した、Global Volunteerプログラムの詳細はこちら!】

 

美しすぎる!日本人の知らないインドネシアの島々【海外インターン体験記】【連載3】上智大学 山口詩織

こんにちは!

インドネシアでエコツアリズムのインターンをしている山口詩織です。

今回私たちは、まだ世界に知られていない魅力を持った島々を広報するという活動をしました。

インドネシアには約18,000もの島があります。

ところが、約9割もの外国人観光客はバリやジャカルタに集中し、観光客の分散が課題となっています。

それでは、まだ日本で知っている人はほとんどいない、美しい島々を皆さんに紹介いたします。

【アドラナン】船から見た様子

港から小さな船に乗って約40分で着く、その無人島の名前はアドラナンです。

とても小さな島で、歩いて30分ほどで一周できてしまうぐらいの大きさです。

この無人島で、私たちは2泊3日のキャンプをしました。

朝起きてご飯を作り、昼間は海で泳ぎ、夕方になったら静かに夕日が沈むのを見て、夜は皆でキャンプファイヤーをしました。

【アドラナン】朝の様子

無人島なので当たり前ですが、そこには私たちしかいません。

貸切です。

この島は、蚊がほとんどいなく、波も静かで、とてもゆっくりとした贅沢な時間を過ごすことができます。

そして、海にはたくさんの魚たちときれいな珊瑚礁があり、最高のシュノーケリングスポットです。

私は、カクレクマノミを見つけてちょっとハッピーな気持ちになりました。 アドラナンは、日常から離れて癒しを求めている人にぴったりの島です。

【アドラナン】真っ赤に燃える夕日

インドネシア語で「パシル」は「砂」、「パンジャン」は「長い」という意味です。

そんな名前がついたこのビーチは、砂浜が世界で二番目の長さで、砂が柔らかいと言われています。

【パシルパンジャン】砂が柔らかすぎてここまで埋まってしまいました

とてもきれいな白い砂で、歩くと足がすっぽり埋まってしまうほどです。

また、ターコイズブルーの海がとても美しく、バカンス気分を盛り上げてくれます。

【パシルパンジャン】ターコイズブルーの海

フランスの世界遺産、モンサンミッシェルは、潮の満ち引きで陸と地続きになったり、完全に孤立したりします。その神秘的に美しさで多くの観光客を魅了しています。それが、このヌグルタフルでも体験できるのです!

ずばりこの島の魅力は、干潮時に2キロメートル先にある別の島まで砂浜を歩いていけることです。

夜中、潮が引いたときには、無数の星が輝き、天の川も流れている夜空を見上げながらずっと向こうまで砂浜を歩くことができます。それはとてもロマンチックな体験です。

また、蛍も見ることができて、空気のきれいさがわかります。

【ヌグルタフル】干潮時にできる砂の道

さらに、木になっているココナッツを取ってきて、その場で切り、100%ココナッツウォーターを頂きました。

そして中の水を飲んだ後は、半分に割って実を食べます。

日本で見るココナッツは茶色いものしかないけれど、ここで食べたのは緑色の若いココナッツで、中にはまだ実が残っています。

ゼリーのような触感で、クリーミーで、とてもおいしかったです。

【ヌグルタフル】ココナッツは直接飲みます

5,6メートルの高さから水の中に飛び込みます!

最初はとても怖いけれど、慣れるとこのスリルがくせになるのです!

水深が深いので岩にあたる心配もなく、また淡水なので水を飲んでしまっても大丈夫です。

川の流れに段差があって、そこから飛び降りるのですが、そのような場所が何箇所もあり、低いものは2メートルぐらいから、高いものだと10メートル近くのものまであります。

【アド】滝のようなところから飛び込みます。最高に楽しい。

アウトドアが好きで、エキサイティングな体験をしたい人、こんなアクティビティができるのはアドだけ!!

 

私たちのスローガン”Jangan Buang Sampah Sembarangan!”【海外インターン体験記】【連載2】上智大学 山口詩織

こんにちは。

インドネシアでエコツアリズムのインターンをしている山口詩織です。

 

“Jangan Buang Sampah Sembarangan!”(ジャンガン ブンワ サンパ センバランガン!)

日本語で「ゴミをポイ捨てしないで!」という意味のこの言葉は、私たちのスローガンです。

インドネシアはきれいな海や自然がたくさん残っている貴重な島である一方、ゴミ問題をはじめとした環境問題が深刻です。

その問題に対して私たちが取った行動をこの記事では書きたいと思います。

死んだ珊瑚と流木に絡まるプラスチックゴミ

インターンが始まって最初の3日間は、現地の人にいろいろなところを案内してもらって、ゴミがポイ捨てされている現場や不法に採掘がされている現場を見に行きました。

私たちの活動に協力してくれている、36歳のインドネシア人のアフマドさんは

「自分たちが子供のころは海だった場所が、今は見てのとおりだ」

と、死んだ珊瑚と流れついたゴミがたくさんあるビーチで言いました。

空と海の青さと、汚染されたビーチとのコントラストが、何とも言えず悲しかったです。

さらに、建物を建てるために砂浜の砂が違法に採掘され持っていかれた結果、海水面が下がり、昔は海だったところが今は道路になっていました。

地球温暖化の影響というよりも、直接人間のせいで環境破壊がされている現場を目の当たりにし、たった30年でこんなにも変わってしまうのかと思いました。

また、この視察の中で一番印象的だった場所は、人々がそれぞれの場所でゴミをポイ捨てした結果、最終的に島中のゴミが流れ着く運河でした。

一年前に清掃活動をしたにもかかわらず、もうゴミの山になっていて、臭いもきつかったです。

その周辺に住む人々に「掃除をしないのか」と聞いたところ、自分たちのゴミではないからしないということでした。

自分たちの住むところなのに、ゴミがある状態が当たり前になってしまっていて、片付けるという発想がないことに愕然としました。

ゴミ溜めになった運河の様子

現地調査をした後、インターンシップ生全員で現地のゴミ問題に対してどのような活動をしていくか話し合いました。

その中で、人々にゴミはゴミ箱に捨てるという意識を持ってもらうために、ゴミ箱を島の色々なところに設置することにしました。

しかし、ゴミ箱を買うお金がなかったので、さらに、どうやってお金を集めるかという話し合いをしました。

そこで出てきたアイディアが、セルフィーをインドネシア人と一緒に撮ってお金をもらうというものでした。

私たちがいたケイ島はとても小さな島で、観光客もほとんどいなかったので、多くの現地人は外国人を見るのが初めてでした。

特に、白人のインターンシップ生はとても目立ち、外に出るたび声をかけられ、写真を撮られ大変だったので、彼らからこのような案が出ました。

そして結果は、、、大成功!!

写真と一緒にコーヒーと紅茶も売って、1日で200万ルピア(日本円で約15,000円)の売り上げを出しました。

最初は冗談だと思っていたこの作戦がはまりにはまって、少しおかしかったです。

ちなみにアジア人の私は写真で少ししか貢献できず、日本では感じたことのない、人種差別のようなものを感じた体験でもありました。

それでも、アニメをはじめとした、インドネシアでの日本人気はすごいもので、日本ということで関心を持ってくれる人々もおり、日本人でよかったなと感じることもありました。

そして集めたお金を使ってゴミ箱を手配し、ペイントをしてから人の集まるマーケット付近を中心に設置しました。

自分たちでペイントしたゴミ箱

今回私たちは、ゴミ箱設置以外にも、植林活動、学校での環境啓発のためのプレゼンテーション、ゴミ拾い、ステッカーキャンペーンなど様々な取り組みをしました。

とはいえ、期間も短くで言葉もあまり通じないため、私たちができたことはほんの少しでした。

また、政府が動かないので、分別してリサイクルするなどのゴミ処理施設も整っておらず、現地が変わることは難しい状況です。

高校でのプレゼンテーション後に撮った一枚

でも、だからこそ、今回の活動で関わった多くの現地の人々、特に子供たちの頭の中に、私たち珍しい外国人が拙いインドネシア語で発した、”Jangan Buang Sampah Sembarangan!”という言葉が刻まれていてほしいと思います。

そして彼ら自身が行動を起こし、一つ一つ環境を整えていってほしいと思いました。

 

インドネシアでのエコツアリズムのインターン渡航前の不安。【海外インターン体験記】【連載1】上智大学 山口詩織

こんにちは!

インドネシアでエコツアリズムのインターンに参加する、山口詩織です。

インドネシアは、手付かずの綺麗な自然が多く残る一方、ゴミ問題などの環境問題が深刻です。

それはとてももったいないことです。

また、インドネシアと聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?

「バリ。」

と答える人がほとんどなのではないでしょうか。

しかし、バリ以外にも魅力的な土地がいっぱいインドネシアにはあるのです。そのことを世界中の私たちは知りません。現地人ですら気付いていない人もいるそうです。

これもまた、もったいないことです。

 

そのようなことに問題意識を感じて生まれたのが、今回私が参加する、WONDERFUL Kei Islandsというインターンシップです。

これから6週間、私がこのインターンシップに参加するに当たって、記事を通して伝えていきたいことが2つあります。

一つ目は、インドネシアのまだ知られていない、隠れた魅力です。

もともと観光に関心のあった私なので、とてもわくわくしています!

そして二つ目は、海外経験のほとんどない私が、ひとりで渡航し、インターンシップに参加することへの不安と、それとどう向き合ったかです。

この記事を読んだ、私と同じような悩みを抱えている人が、少しでも勇気づけられたらいいなと思います。また、私の変化も少しだけ楽しみにして読んでくれたら嬉しいです。

インターン出国前の目標設定セッションの様子

 

私はアイセックのメンバーで、実は私が参加しているインターンシップは自分自身がプロダクト開発に携わったものです。

そのため、一人のインターン参加者として感じる不安に加えて、自分が企画した商品に参加するというプレッシャーもあります。

まずは、一緒にこのインターンシップを創っているメンバーみんなの想いがのったこのWONDERFUL Kei Islandsに、日本人として参加するのが私でいいのかという葛藤です。

英語もろくにしゃべれない私が、他のインターンシップ生や現地の人々を巻き込んで、期待されるような活動ができる自信なんてありません。

それに、そこまでのものを背負わず、ただ漠然と自己成長のためにインターンシップに参加したい、という想いから、このインターンシップにかける期待値が逆に下がってしまいました。

このままで渡航していいのか、葛藤は続きました。

そのような中でも出国準備は進みます。

そこで感じた一番の不安は、飛行機のトランジットです。

私の行くケイ島は小さな島なので直行便がなく、2回も乗り継ぎをしなければいけません。

その上、待ち時間がとても長く、夜でもずっと一人です。

しかも、当たり前だけれど、そこは日本ではない。

無事に現地にたどり着けるか、出国が近づくにつれ、どんどん緊張します。

インドネシア語講座@カフェゼノン

しかし、私の面接を担当してくれた現地人のFaruuq(ファルク)という人は、わかりやすい英語で説明してくれて、スカイプ上でいつもニコニコしていました。

また、「わからないことがあったらなんでも聞いて」とメールやチャットにもすぐに答えてくれました。

そのお陰で、最初は億劫でしかなかった英語の会話もだいぶ気楽にできるようになりました。

挙句の果てには彼のMac Bookを日本で買って持ってきてほしいと頼まれ、渋谷のApple Storeでチャットに悪戦苦闘しながらセットアップまでしました。

他にも、VISAを取るために訪れたインドネシア大使館で、最初はムスッとした印象だった大使館の人が、最後に「勉強頑張って」と言ってくれた時は、それだけでとても嬉しくなりました。

こうして少しずつインドネシアで人と関わることが楽しみになり、英語でのコミュニケーションもやれば何とかなるかもしれないと思うようになりました。

アイセックの仲間たち

こうして出発前に、たくさんの人に話を聞いてもらったり、アドバイスや応援メッセージをもらったり、準備を手伝ってもらったりしました。

その人たち一人ひとりのお陰で、悩みを吐き出せたり、一人ではないと思えたり、前向きになれたりしました。

特に印象に残っている事前準備は、東京見学です。

実際に私がインドネシアに行ったときに、現地の環境や文化と、日本のそれらを比較できるようにするために、メンバーが企画してくれました。

東京湾の汚染された状態を見に行ったり、伝統工芸品の東京染めの体験をしたりしました。

東京湾は、ゴミはあまりないけれど水が澄んでいなくて、有害物質も多く含まれています。

東京染めの体験で驚いたのは、その工場が大正時代から現在までずっと、そのままの状態で使われていることです。

東京染め体験@東京染ものがたり博物館

私の担当マネージャーの、佐野えりかさんもまた、渡航前に大きな支えとなりました。

彼女は同じプロジェクトのメンバーで、私と同い年です。

去年の夏に、同じインドネシアのケイ島に渡航し、このインターンシップを創るための営業活動などをしていました。

だから、彼女は自分の目で見たこと、肌で感じたことを伝えてくれます。

それは現地での生活に実感がわかず、不安になっている私をとても安心させてくれました。

また、渡航前不安になる気持ちを理解して、たくさん面倒を見てくれました。

左が私、右がマネージャーの佐野

人に頼るのにも最初はエネルギーが要ります。

けれど、勇気を持って自分の想いを伝えたら、案外みんな助けてくれて、想像以上に良いことが待っていると思えるようになれました。

この信念を持って、インドネシアでも頑張りたいです。

 

 

ラオスでのインターンを終えて感じた2つの気づき。【海外インターン体験記】【連載3】青山学院大学 勝呂夏美

みなさん、こんにちは!

とうとう6週間のインターンも終わり、日本に帰ってきました。

内容の濃いあっという間の6週間で、早くもラオスに戻りたい気分です。

今回は私がラオスでの海外インターンを終えた感じた2つの気づきと、アイセックの海外インターンの魅力について書きたいと思います。

一つ目の気づきは障害者も自分となんら変わらなかったということです。

ラオスに来る前の私は障害者に対してマイナスのイメージがとても強くありました。

できないことが多そう、なんか暗そうなどという勝手な偏見を持っていました。

今思うと日本にいる時は周りに障害者の人も少なく、日々の生活の中で一緒に活動することはないに等しかったため、障害者の人をどこか特別視していました。

しかしラオスに来て、障害を持った人たちと毎日仕事に行ったり、スポーツをしたりしていく中で私が抱いていたイメージはことごとく壊されていきました。

例えば、最初は両足がグネッと曲がっていて歩く時は松葉つえを使っている人や片腕が動かない人が普通にバイクに乗っている姿を見るだけで衝撃を受けました。

私の中の勝手なイメージでは障害者がバイクで通勤しているなんてありえなかったからです。

この時にやっと私が抱いていた障害者への偏見が間違いだったと気がついたのです。

彼らは私たちと同様にただバイクを乗っているだけであって、特別なことをしているわけではないのです。

「障害者だから〜できない」は間違いで「誰でもやろうと思えばできる」が正しいとわかりました。

 

車椅子バスケットボールの大会

二つ目の気づきはスポーツや仕事は人をエンパワメントする力を持っているということです。

障害者の方々に仕事やスポーツをする前と後での変化について尋ねたところ、以前と比べて友達も増え、目標もできたという回答が非常に多かったです。

やはりスポーツも仕事も人と関わる環境を自然と作り、多くの刺激を私たちに対して与えてくれます。

障害があるなしに関わらず、気軽に参加できるスポーツイベントがもっと増えることはとても大切なことだと思います。

日本でもまだまだパラスポーツ、ユニバーサルスポーツの認知度は低いと思います。

しかし幸運なことに日本は2020年のオリンピック・パラリンピックのホストカントリーです。

ぜひ皆さんもオリンピックだけでなくパラリンピックで行われるスポーツにも関心を持って欲しいです。

オリンピックとは一味違う魅力を感じられると思います。

私が思うアイセックインターンの魅力は2つあります。

一つ目はインターン前からインターン後にかけて行われる「コンサル」の仕組みです。

同年代の学生が担当マネージャーとしてインターン生につき、インターン生のキャリアやプロジェクトに関するコンサルを真剣に行ってくれます。

私も海外インターンシップに応募してから今日まで担当マネージャーに何回もコンサルを行ってもらいました。

そのお陰で自分自身と向き合うことができ、インターンの目標などをしっかり決めてから渡航することができました。

この仕組みがなかったら、なんとなく頑張ろうという思いで出国し、インターン自体がただの思い出で終わってしまっていたと思います。

アイセックならではのコンサルのシステムのおかげで、今回のインターンに参加する目的が自分の中で明確になり、インターンを単なる思い出で終わらせないことができました。

川をバックに記念写真

もう一つは世界から集まった同年代の仲間ができることです。

日本から一人で海外へ行くことで、日本人コミュニティから離れることができ、自然と海外学生と関わる機会を増やすことができます。

私は夏に大学の研修でドイツへ行きましたが、その時は日本人コミュニティとばかり行動してしまい海外学生との交流をあまりできませんでした。

海外へ行く機会は多くありますが、留学もボランティアも日本人一人ということはなかなかありません。

一方、今回の私のように日本から一人異国の地へ行く場合は現地で日本人の知り合いは一人もいません。

そのため海外の方々と積極的に関わろうという意識を芽生えさせてくれます。

今回のインターンで出会った仲間たちは私にとって大切な宝物です。

 

以上の二点が私の感じているアイセックの海外インターンに参加する魅力です。

興味のある学生のみなさん、ぜひ海外インターンに参加してみてください!

 

 

ラオス人は、スローライフ。【海外インターン体験記】【連載2】青山学院大学 勝呂夏美

こんにちは。

ラオスでインターン中の勝呂夏美です!

海外インターンが始まってからはや4週間が経過しました。

時間が経つのが日に日に早くなっていく気がします。

今日はラオスという国をテーマに記事を書いていこうと思います。

みなさんラオスと聞いて何を思い浮かべるでしょうか?

私はラオスに行くと決めるまでラオスの位置すらはっきりわかっていませんでした。

実を言うともともとラオスに興味があったからラオスを選んだというわけではありません。

なんとなく東南アジアに行きたいという気持ちはありましたが、特定の国へのこだわりはありませんでした。

私がインターンを選ぶ上で大切にした軸は「自分が興味のある社会課題に取り組むことができる」という点です。

私はマイノリティに関する社会課題に興味がありました。

マイノリティといっても色々あるのですが、その中で一つ自分の中で偏見を抱いているものがありました。

それは障害者問題です。

差別はいけないと心の中ではわかっていながらも、どうしても障害者に対して偏見を抱いている自分を変えたいと思い、障害者問題に取り組むことができるインターンシップを選びました。

それがたまたまラオスだったのです。

ラオスについて知識がないばかりか、アイセック・ジャパンからも過去に誰もインターン生を送り出していないということもあり、少しばかり不安な気持ちもありました。

しかし、自分の興味分野に取り組むことができるのはここしかないと思い、ラオスに行くことを決意しました。

講習会終わりに参加者全員でサッカー

約1ヶ月ラオスで過ごして感じたことは、ラオス人は自由で楽しむことが上手ということです。

ラオスでの暮らしはとてもゆっくり。

これぞスローライフという感じです。それに加えて自由度が高いです。

例えば、近所を散歩していると道端での晩酌に混ぜてくれたり、家庭に招いてご馳走してくれたりと人と人との間の壁が少ないと感じました。

誰に対してもウェルカム。

これがラオス流です。

それを最も印象づけたのは教育スポーツ省の役人の方々にサッカーをしようと誘われたことです。

日本だったらなかなか仕事終わりに役人の方はサッカーしようというふうにはなりませんよね?

ましてや普通の大学生を誘うなんてありえませんよね?

また、サッカーをみんなが全力で楽しんでいる姿もとても印象的でした。

たまたまイベントで出会っただけの大人たちがスポーツをこんなに楽しくできるのはラオス人独特の自由さや楽しむ姿勢があるからだと感じました。

どんな人にも壁を作らず歓迎してくれて、一緒に楽しむことができるラオス人の国民性が私は大好きになりました。

私のインターンに関するプレゼンをしている様子

アイセック・ラオスは設立してからまだ数年しか経っていません。

国内にある委員会はただ1つです。

委員会のメンバーは入会してからまだ数ヶ月しか経っていない人が多いですが、みんなアイセックへの愛がとても強いです。

全体の委員会ミーティングに参加する機会は今の所ありませんが、アイセック主催の会議に参加してきました。

そこで感じたことはグローバル、他者を巻き込む力の強さ、パワフル感です。

まず日本のアイセックと大きく異なる点は国内で行われる会議のファシリテーターに外国人が多く存在することです。

今回参加した会議にはコロンビア、インド、ドイツから来たアイセックメンバーがいました。

そのためすべてのコンテンツは英語で行われ、ただ話すだけではなく、英語で話す力も身につきました。

二点目はアイセックメンバー以外を巻き込む力が非常に強いことです。

今回の会議に参加したメンバーはアイセックメンバーよりも外部学生の方が圧倒的に多かったです。

外部の学生に参加した動機を聞くとリーダーシップスキルを身につけたかったから、友達に誘われたから、英語で話す力を身につけたかったからなど理由は様々でした。

現地学生の学ぶ意欲の強さももちろんあるとは思いますが、アイセック・ラオスのプロモーション力はかなり強いのかなと思います。

集合写真 @現地アイセック主催の会議

そして、パワフル感。

何がパワフルかというととにかくみんなのテンションの高さです。

ロールコールというアイセックならではのダンスをみんな全力で踊ります。

そのほかのコンテンツもこれでもかというくらい盛り上がっていました。

このようにアイセック・ラオスは日本には無い良さをたくさん持っています。

まだまだインターン生をいろんな国から集めるのには時間がかかりそうですが、一人のインターン生を暖かく迎えてくれるアイセック・ラオスです。

今回の記事で少しでもラオスという国に興味を持ってくれれば幸いです。

インターンに参加しようか迷っている人はぜひ前向きに考えてください!

 

 

アイセック初!ラオスでの海外インターンシップ【海外インターン体験記】【連載1】青山学院大学 勝呂夏美

サバイディー!

初めまして。青山学院大学1年の勝呂夏美です。

ラオスに6週間インターンすることになりました!

最初の挨拶はラオス語でこんにちはという意味です。ラオス語はタイ語と発音がそっくりのようです。

今日で早くも滞在7日目です。

今回は私が参加するインターンの概要と私が今週体験したことについて書きます。

私がインターンするのはADDP(アジアの障害者活動を支援する会)というNPOです。

主な仕事内容はパラスポーツイベントの手伝い、イベント広報活動、障害者の就労サポートとしてのクッキー販売、事務作業などです。

今週はクッキー部門で働きました。ADDPでは障害者が全て手作りでクッキーやその他お菓子を作り販売しています。

中には話すことができない方もいましたが、手話などを使ってコミュニケーションをとりました。

彼女たちは障害を感じさせない仕事ぶりで、私がサポートをする必要はありませんでした。

この1週間で私が今まで勝手に抱いていた障害者への偏見は無くなりました。むしろ、誰だって得意不得意があるのは当然で、挑戦し練習をすればできることは広がるとのだ感じました。

クッキーを作る女性—ADDP Cookies

私には社会課題解決とかそんな壮大なことはできないかもしれません。

しかし、今回のインターンで現地の人にしっかり向き合って自分にできることをしていきたいです。

今まで失敗を恐れて自分の意見を言うのを躊躇したり、すぐに諦めたりしてきましたが、今回のインターンでそんな自分の弱いところを変えたいと思います。

自分のできることは限られているとは思いますが、いろんなことに挑戦して、現地の人や周りの人に少しでも影響を与えられたらいいなと思います。

初日の仕事を終えた後、車椅子バスケの練習に参加しました。

私は体育館での練習には体育館履きが必要だと思ったので体育館履きを持って行きました。

しかしそこで練習していた人は誰も靴を履き替えていませんでした。そのため床は砂で汚れていて、ボールを触ると手が真っ黒になりました。

それでも実際にプレーする人たちは日本と変わらずバスケを楽しみ、上手になりたいという思いで練習している様子でした。

障害があることにマイナスイメージを描きがちですが、一緒にスポーツをしているとそんなことをちっとも感じません。

ここにいる人たちはみんな生き生きとスポーツをしているように見えました。みんなで楽しめるスポーツは人を明るくさせるなと思います。

車椅子バスケットの練習風景

ラオスなのになぜベトナム戦争?と思いながらもベトナム戦争の資料館に行ってきました。

そこでわかったことはラオスもベトナム戦争の被害を被っていたと言うことです。ラオスはベトナムの隣に位置していて、アメリカがベトナムの経由地を断つためにラオスにも攻撃したのです。

そのため現在でもラオスには多くの不発弾が眠っています。ルアンパバーンという世界遺産としても有名な都市は地雷の町としても有名です。

ラオスの障害者の中にはこの不発弾によって体の一部を失った人もいます。

私には地雷をなくすことはできないけれど、地雷がいち早くなくなってみんなが安心して暮らせる日がくるといいなと願うばかりです。

COPEというベトナム戦争資料館—展示された義足

 

男女平等後進国日本の男子学生がみた男女平等先進国台湾【海外インターン体験記】【連載3】大阪大学 田中祐児

こんにちは!

台湾・台中市でのインターンシップに参加している、大阪大学人間科学部2年の田中祐児です。

突然ですがみなさん、3月8日が何の日かご存知ですか。

日本ではあまり知られていませんが、3月8日は国際女性デーであり、女性の地位向上に向けたイベントが世界各地で行われる日です。

台湾でも国際女性デーは祝われており、私のインターンシップ先の小学校では、国際女性デーの象徴である鮮やかな色のバラが配られました。

冒頭の写真は職員室に生けられたバラのものです。

今回の記事では、そんな台湾におけるジェンダーについてご紹介したいと思います。

前述の国際女性デーについてもう少し詳しい説明を見てみましょう。

国際女性デーとは、「女性が収めてきた社会、経済、文化、政治的な業績を国際的に祝う」とともに「ジェンダーの平等を促進するための行動を呼びかける日」であると、国際女性デーのウェブサイトで説明されています。

国際女性デーのウェブサイトのスクリーンショット。国際女性デーについての説明がなされています。

国際女性デーの説明にも出てきた「ジェンダー」という言葉。「耳にすることは増えてきたけれど、具体的な意味は想像しにくい」という方が多いのではないでしょうか。

「ジェンダー」という言葉は「セックス」と並んで「性別・性差」と訳される英単語ですが、その中身は異なります。「セックス」が「生物学的な性別」を指すのに対し、「ジェンダー」は「生物学上の男女の違いに付加された、社会的・文化的な性別」を意味します。

例えば、「男は女より筋肉があるのだから、女性を守らなければならない」というセリフからは、筋肉の多さという生物学上の違いに加えて、男性が女性を守るべきであり、女性は男性に守られるべきであるという社会的な役割を与えていることが読み取れます。こうした守る・守られるに関するような性別の違いを、ジェンダーと呼ぶのです。

残念なことに、日本ではジェンダーに関する不用意な発言が数多くあります。それらの言葉は、個人が性にとらわれずに自由に生きることを妨げかねません。

それでは日本と多くの共通点を有している台湾ではどうなのでしょうか。ジェンダー研究の知見を取り入れながら、学校を中心に見ていきましょう。

幼稚園や小学校、中学校に高校、それぞれの学校の先生を思い浮かべるとき、みなさんはどちらの性別の先生が頭に浮かびますか。

大抵の人にとって、幼稚園や小学校では女性を、中学校や高校では男性を想起するのではないでしょうか。そのイメージが正しいことはデータによって裏付けされています。文部科学省が発行している学校基本調査によれば、女性教師の占める割合は学校段階が上がるほどに減少し、学習内容が高度化する中学校段階で男女比が逆転していることがわかります(表1)。

「教員男女比の逆転は、高度な学習内容は女性に不向きであるというメッセージを子どもたちに暗に届けているのではないか」という提起は、日本のジェンダー研究における有名な主張の1つです。

一方で台湾ではどうでしょうか。台湾では女性教員の比率がかなり高いのが特徴です。例えば私のインターンシップ先の小学校では、全教員数37人に対して男性教員が5人と、女性教員が86%を占めています。台湾も日本と同様に学校段階が上がるに連れて女性教員の割合は減少しますが、男女比が逆転する傾向は見られません(表1)。

台湾については台湾教育部『105年版教育統計指標之國際比較』より引用。日本については平成25年度文部科学省学校基本調査より筆者作成。

こうした状況に育つ台湾の子どもたちは、性別にとらわれないで進学のするしないを決定しやすい環境にある、と言えるかもしれません。

この仮説を裏付けるデータが、大学などの高等教育機関に進学する女子と男子の割合の比較です。

台湾における女子の進学率が男子の進学率よりも7.30%高くなっています(表2)。

台湾については台湾教育部『105年版教育統計指標之國際比較』より引用。日本については平成25年度文部科学省学校基本調査より筆者作成。

高等教育は、地位の向上という点において非常に重要な役割を果たします。

女性の地位を男性の地位と同程度に引き上げることを考えると、女子の進学率が男子よりも高いことは適当な状態であると言えます。

男女問わず仲良く遊んでいる小学校中学年の子どもたち。

ここまで、女性の教員比率の一貫した高さや女子進学率の高さなど教育に関するトピックをもとに、男女平等や女性の地位向上に関する台湾の先進的な取り組みを見てきました。

ただし男女平等の観点において日本が台湾に遅れを取っているのは、教育の分野だけではありません。

世界経済フォーラムによる『男女平等格差レポート』は、経済、政治、教育、健康の4分野をもとに国連加盟国の男女平等指数をランキング形式で公表しています。

台湾は国連非加盟国のため順位は公表されていませんが、計算式に当てはめると、2012年時点で世界39位に相当することがわかっています。

一方、日本の2012年の順位は世界101位となっており、台湾に水をあけられていることがわかります。

男女平等は一朝一夕でなされるものではありませんが、台湾の心構えや実践を私たち1人1人が学んでいくことが、何よりも重要なのではないでしょうか。

 

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にぎやかな子どもたち!とっても楽しい台湾の小学校【海外インターン体験記】【連載2】大阪大学 田中祐児

こんにちは!

台湾台中市の公立小学校でのインターンシップに参加している、大阪大学2年の田中祐児です!

今日は、私がお世話になっている小学校で行われている教育活動についてお伝えしたいと思います。

台湾で行われている日々の授業や、楽しいイベントなどについて紹介することで、みなさんが日本の教育を違った側面から見直すきっかけになれば幸いです。

冒頭でお伝えしたとおり、私が参加しているのは台中市の公立小学校です。

台中市は台湾で3番目の規模の都市であり、その人口は2016年段階で約269万人と広島県とほぼ同じです。また台中市に占める小学生の割合は、5.64%となっています。

日本の人口に占める小学生の割合が5.09%であることを踏まえると、台中でも少子化が進んでいることが分かると思います。

少子化の波は、私がお世話になっている重慶国民小学にも押し寄せています。

先生の話によれば、10年ほど前までは全校児童で1000人を数えていたそうですが、今年度には365人しかいません。

このように児童数が減少している状況のもと、閉校や合併を迫られている小学校が増えているそうです。

重慶国民小学も例外ではなく、数年前には近隣校との合併が現実味を帯びて議論されたそうです。

しかし4年前に幼稚園を小学校内に開設したことによって、小学校全体として受け容れる子どもの数を増やし、合併を免れています。

附属幼稚園の子どもたちに自己紹介したときの写真です。
みんなとっても元気です。

児童数の減少による閉校の危機を乗り越えた重慶国民小学では、毎日豊かな教育実践が行われています。

台湾の小学校では、教科担任制と学級担任制を合わせたような方法が取られています。

算数と中国語を教えるのは担任の先生の役割であり、その他の授業は専門の先生が担当されています。

学年に応じて教科数が増えるので、学年が上がれば上がるほど、担任の先生が受け持つ授業数が減ることになります。

6年生のあるクラスの時間割表です。赤字で示されているのは移動教室であり、担任の先生とは異なる先生が担当されます。

それでは、実際の授業の様子について記していきたいと思います。

上に述べたように算数は担任の先生によって行われており、クラスによって教え方は異なります。

黒板と教科書を用いた従来型の授業をする先生もいれば、教室に据え付けられたTVを上手に活用される先生もいらっしゃいます。

TVを用いたもので特によく使われていたのは、教科書会社が作成したプレゼンテーション型の教具でした。

その教具では、教科書の内容がビデオ教材に納められており、子どもたちは色彩豊かなアニメーションと、わかりやすい表現による解説を聴きながら学習を進めることができます。

子どもたちがそれらの解説を聴いている間、先生は子どもたちの様子を見て回り、学習に集中できていない子どものサポートに入っています。

このように、台湾の小学校の先生方に与えられている裁量は多く、各先生方は子どもたちの様子とご自身のスキルを踏まえた教育活動を展開されていらっしゃいます。

日本の先生方の裁量は、諸外国に比べて小さいと言われています。もっと豊かで特色ある取り組みのための仕組みが出来ることを期待したいですね。

次は台湾の学校におけるこどもの日の様子をお伝えします。

ペットボトルロケットを体験している3,4年生たちの様子です。ペットボトルロケットは幼稚園から6年生までの全ての子どもたちが楽しみます。

こどもの日といえば、日本では5月5日ですよね。

世界中にこどもの日はあるのですが、そのうち5月5日をこどもの日としている国は日本と韓国しかないようです。

台湾も別の日にこどもの日を制定しており、その日は4月4日とされています。

日本の学校がこどもの日を祝うことはほとんどありませんが、台湾では学校を通して盛大に祝われます。

こどもの日を祝うためのイベントは数多く、重慶国民小学は1週間の間に9つものアクティビティが行われました。

マジックショーやバスケットボール大会など、学年ごとに定められたイベントに子どもたちは参加します。

このようなアクティビティの他にも、子どもたちは多くのことを楽しみます。

給食も子どもたちに人気のおかずが提供されますし、PTAからはおもちゃが贈られます。

以上のように、こどもの日前のこの1週間は、学校に関わる人すべてによる、子どもへの愛情と感謝が表明されることになっているのです。

日本の子どもたちは、学校を嫌いだと考える割合が多いとされています。

子どもたちを大事にしているというメッセージを伝えることが増えれば、学校を好きになる子どもたちも多くなるかもしれませんね。

贈られたUNOで遊んでいる4年生たちの様子

 

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